第4話

 もう終わった――そう思ったが、感じたのは優しい温もり。


 何が起きたの。考えるが、なにもわからない。

 いや、わからないわけではない。理解できない。


 今、静香は鬼に抱きしめられていた。

 拘束され動きを封じ込められたのだと思ったが、それにしては緩い。

 静香に痛みが無いように腕で包まれている。


 突然の温もりに体が動かず、されるがままの静香に鬼が耳元で囁いた。


「面白い女じゃのぉ、気に入った。我のモノにしてやろう」


 今の言葉にやっと我に帰った静香は、気持ちとは裏腹に感情のない声で言い返す。


「申し訳ありません、何を言っているのかわかりません」


 腕から開放されようと顔を上げると、赤い瞳と目が合った。


 炎のように燃え広がっている瞳の中にある、優しい温もり。

 静香は今まで感じたことのない、投げられたことのない言葉に困惑。どうすればいいのかわからな彼女に、鬼は頬に手を添え口を開いた。


「我の名前を教えてやろうぞ。我の名は万葉かずは、おぬしの名前を教えるんじゃ」

「――――っ、ぶ、無礼者!! 離せ」

「おぉっと? 先ほどまでとはえらい違いじゃなぁ。さすがに驚いた」


 やっと現状が危険であることを理解した静香は、声を荒げ万葉の胸を押す。だが、力の差が出ており叶わない。

 腕の中で暴れる彼女に鬼はまたしても笑い、素直に離した。

 すぐさま距離を取り、静香は万葉を改めて見た。


「…………貴方、先ほどから何を言っているのかしら。私は、貴方が食い荒らした人達の恨みを祓わなければならないのです。ふざけないでください」

「恨み? 何のことじゃ?」


 今の言葉で万葉の頭に疑問が生まれたため聞き返すと、静香は姿勢を正し説明した。


「貴方が今まで、何十と人を食べているという情報が私達、恨みを祓う仕事を生業としている道標家に入ってきたのです。なので、今更誤魔化そうとしても無駄ですよ。諦め、抵抗せず私にすべてを委ねなさい」


 全てを聞いた万葉は、表情一つ変えずに腕を組み、首をひねった。眉間に深い皺が刻まれ、「うーん」と唸る。

 今、慌てて言い訳を考えても無駄、すぐに方を付けようと。静香は、和傘を回し地面に突いた。


「諦めなさい、貴方はもう、私に殺されるか。私を殺すしかないのです」

「いやいや、我は人肉を食った事はないぞ? お主の言っている言葉の意味が理解できん」


 ここまで言ってもまだしらを切ろうとする万葉に、静香は浅く息を吐いた。


「ここまで言ってもしらを切りますか。まぁ、いいです。私は、言われたことをするまで」

「待て待て、本当じゃ。本当に我は人を食った事はない。襲った事もないぞ」

「ですが、報告書には赤い髪が特徴の鬼と…………。それに、この町によく出現すると聞いています。貴方が違うのなら、他にどなたが今回の事件を起こしているというのですか」

「まず、その話がおかしいのじゃ」


 とぼけた顔を浮かべていた万葉が、今の彼女の言葉で真顔になる。目を細め、顎に手を当て考え始めた。


「我は、ここ最近この町に来たのじゃぞ。そんな、数日で何十と人を食っていたら、我のお腹は破裂するぞ」


 真剣な顔を浮かべている彼に、静香は何を言っているの? と、疑問が浮かぶ。


「それと、我は確かに鬼じゃが、人肉より甘い物の方が好きじゃ。人をそのまま食べるより、人の作った料理を食べるのが好きじゃ。我にとって、人を食う行為は利益にならん」

「空腹を紛らすためとか……」

「それなら、普通に人の作った料理を食うぞ。その方が何倍もうまいのじゃからな」


 万葉の言葉に、静香は困惑するのみ。

 報告が間違えていたのか、万葉が徹底的に嘘をついているのか。今の彼女にはわからない。


「うむ、信じておらんな。なら、これからは我の監視もかねて今後、我と共に行動するのはどうじゃ?」

「…………え?」


 笑顔で言い切った万葉の言葉に、静香は間抜けな声を出すしか出来なかった。

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