第3話

 夜、静香は鬼が出現すると言われている町に一人、立たされていた。片手には和傘、赤い着物は闇の中に薄く浮かび上がる。


 風が静かに経つ静香の髪を揺らし、黒い瞳は前だけを見続ける。

 足音一つ立てることなく、歩き始めた。


 町は静まり返っており、人が一人も歩いていない。

 気配すら感じない町を歩いていると、静香は何かに気づき足を止めた。


 前方には、赤い髪を風になびかせ、星空を見上げる男性が一人、静香の目に写り込む。

 今回の鬼の特徴は、赤い髪。静香は息を殺し、気配を完全に消した。


 また、足音を一つもたてずに歩き始める。

 鬼は、徐々に近づいてくる静香に気づかない。


 徐々に距離を縮められ、今はもう、静香の武器である和傘の射程内。

 やはり、いつもと同じか。静香は隠されていた刃を和傘の先から突き出し、人間と同じ急所、左胸を狙い一歩、足を踏み出した。



 ――――――終わりね



 その時、楽しげな声が、静香の耳に入り込む。


「おっ、これは驚いた」


 楽しんでいるように弾む言葉と共に、静香の和傘が掴まれた。

 それにより、鬼を始末することが出来ず静香は目を開き驚いた表情を浮かべた。


 静香はしまったっと、後悔の念が胸に渦巻くが、今はそれどころでは無いと自身に言い聞かせ次の行動に移行しようと動く。

 すぐに距離を取ろうと和傘を引き寄せるが、鬼がしっかりと掴んでいるため、それは叶わない。


 力任せに引き抜こうとしても、静香の筋力は平均より少しだけある程度。男性に掴まれている和傘を離させるまでの力は無い。

 それでも、何とか引き抜こうともがく静香に、赤い髪と同じ色をしている瞳を向けている鬼は、にやりと。口角を上げ、和傘を絶対に離さないよう強く掴み直した。


 なぜ掴み直したと、静香は視線だけを上に向ける。そこには、もがいている静香を楽しんでいるような瞳。


「おぬし、面白いのぉ。まさか、こんなに近くまで来ておったとはなぁ。刃を向けられるまで気づかなかったぞ。いやはや、我も落ちたものじゃのぉ」


 ケラケラも笑う鬼に、静香は何も言わず離させるのを諦めた。

 突如動かなくなった静香に首を傾げ、鬼はキョトンと目を丸くする。


「私の負けです。煮るなり焼くなり、好きにしてください」


 静香から放たれた言葉は、自身の負けを認めるもの。

 今更もがいたところで助からない。そう考え、潔くこの場で命を散らそう、そう思った。

 だが、鬼は何度か瞬きした末、首を傾げ彼女の顔を上げさせた。


 顎に手を添えられ、静香がされるがまま顔を上げると、赤い瞳と赤い髪が目に入る。


「そこまで簡単に命を捨てるものでは無いぞ。じゃが、面白い。気に入ったぞ、人間」


 何言っている。

 静香は目の前にいる鬼が何を考えているのか全く分からず、ただ困惑するのみ。

 静香の困惑など気づいていないのか。それとも、気づかない振りをしているのか。


 鬼はあろうことか、和傘を離し、自ら静香と距離をとった。


 安堵したい気持ちを押し殺し、警戒を高め和傘を構える。黒い瞳から放たれる鋭い殺気、鬼は体に走るゾクゾクとした感覚に快楽を覚え、自然と口角が上がる。

 氷のような冷たい視線、黒く濁っている瞳。鍛えられている構えを前にし、鬼は歓喜の声を上げた。


「おぬし、最高じゃのぉ。その視線、構え、たまらん。我を本気で殺そうとしているのがわかる、楽しいぞ」


 鬼の言葉は今の静香には理解できない。何を言っているんだと、耳を貸す事はせず膝を折り動き出そうと一歩、前に足を出した。


 刹那、何故か目の前が真っ暗となった。

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