第17話

 ――やばいよ。私完全にやばいやつじゃん。ス、ストライクを入れなくちゃ。


 久留美はセットポジションに入った。二番バッターも右だったが今度はベースから離れたところに構えていた。


 ――コントロール重視で力をできるだけ抑えて投げなくちゃ。


 バチーーーーーーン。「ぎゃぁぁああっぁぁぁぁぁぁぁ!」


 タイム! 光栄大学警告!


 スピードガンは一三四キロを記録し、二者連続のデットボールに審判はたまらず警告試合を宣言した。


「ご、ごめんなさーーーーい!」


 恐怖で身震いする港経済大学のベンチに真咲は倒れるくらいに謝罪して、マウンドに走ってきた。バッターには当然のように代走が出される。


「ま、真咲さん。もう無理です。これ以上怪我人をだしたくないです」


「そ、そんなことありませんよ。ほ、ほら相手もすっかり静かになって、結果オーライですぅ」


 結果オーライなわけがない。相手が静かになったのは別の意味で恐れをなしただけであり、久留美にとって不可抗力だ。


「でも次あてたらくるみちゃんは退場になってしまいますから、ゆっくりでいいから打たせましょう」


「や、やってみます」


 いきなりのピンチ。本来ならベンチの盛り上りは最高潮を迎えるが、相手チームは固唾をのんで久留美の一挙手一投足を見つめている。


 ――あてちゃだめだ。あてちゃだめだ。あてちゃだめだ。あてちゃだめだ。あてちゃだめだ。


 パス。

 ストラーイク。


 球場がどよめくほどのスローボール。コースはど真ん中だがバッターはバットを振ることができない。


「久留美ちゃんナイスボール! 作戦勝ちだね」


 後ろでにやつくあんこの声が轟く。久留美は心の中でやめてくれと叫んだ。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」 


 インコースに来たスローボールを怯え叫びながら叩いた打球は三塁ベース上に転がっていく。ベース付近に守っていた鈴木亜子(二年)のグラブにすっぽり入り、そのままベースを踏んでワンアウト。流れるようにセカンドのあんこに送球し、ツーアウト。


「あらよっと!」


 かろやかなステップから一塁に転送。一塁審判の腕が上がる。


「アウト! チェンジ!」


 トリプルプレーが成立してしまった。


 わけも分からず、マウンドに立ちすくんでいると、球場の歓声がお腹をつんざいた。


「くるみちゃーん!」


 久留美にダイブするあんこを支えられず久留美は倒れこんだ。


「すごいよ、トリプルプレーなんて初めてとれたよ」


「いや、狙ってたわけでは……」


「ソフィーもオドロキネ!」


「にゃは。やるねぇミラクルガール」


 たくさんの先輩たちに囲まれた久留美は呆気にとられながらベンチに歩いていく。球場はまだどよめきが収まらない。


「ほら真ん中おいでよ」


 上級生たちがさっそうと円陣をつくり久留美を円の真ん中に呼んだ。


 誰かがおろおろしている久留美の背中を叩く。


「みんなくるみちゃんが相手を圧倒するピッチングをしてくれてますぅ。この調子で打っていきましょう」


 真咲の掛け声に選手たちは気持ちが高揚していた。


「よしく~ちゃん声かけいってみよぉ!」


「えっ」


 美雨のむちゃぶりに久留美はしどろもどろになって、


「て、点取って……」「うぇーーーいテンションアゲアゲでいこう!」


「おう!」


 しびれを切らした美雨の掛け声にみんなが反応する。散り散りになったベンチ前に一人ぼっちになった久留美は今一度このチームのノリについていけるのか不安になっていた。

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