第16話

「守備につきます光栄大学のピッチャーは咲坂さん、背番号一八。北春日部女子高校」


 先発西口の立ち上がりを叩いた光栄大学は、三点目を取ったところで攻守交替した。マウンド上の久留実を港経大のメンバーはすごい形相で睨みつけている。


「くるみちゃん、三点あるから自信もって投げるです」


「は、はいでも投球練習は抑えてたからとりあえずストライク入りましたが、全力で投げたらどこいくか……」


 八球程度の投球練習では初めてのマウンドの感覚を掴むことはできない。まして先頭バッターは右打ちで抜けたら確実にデットボールになる。


「大丈夫ですよ、もし当てても頭を下げて謝れば許してくれますぅ。それにこの試合前にさんざん野次られたんですから、黙らせてやりましょう」


 真咲はボールを久留美のグラブに収めてマウンドを降りた。


 審判がプレーを申告して、真咲はど真ん中にミットを構えた。


 右バッターはバッターボックスぎりぎりに立っていて、少しでも手元が狂えばぶつけてしまいそうだ。


「おーいはやく投げなさいな」


「陽が暮れちゃうよルーキー」


 港経済大学のベンチが賑やかになる。なかなか投球モーションに入らない久留美に対しての冷ややかな野次だ。


 ――もうどうにでもなれ。


 深呼吸もしないまま久留美は振りかぶった。真咲を信じてミットがある場所目掛け渾身の力で腕を振る。


 破れかぶれで投じたストレートは空気を切り裂きながら右バッターの胸元目掛けて飛んでいく。


 ばちーーーーーーーん。「いあたぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


 大きく抜けたスピードボールは右バッターの背中の肉にぶち当たり、叫び声に近い悲鳴を上げたあとバッターはまるでピストルで射殺されたように倒れこんだ。


「にゃはは」


「マジウケんですけどぉ」


 外野から笑い声が聞こえてくる。その笑い声をかき消すくらい大きな声で、


「タ、タイム!」


 審判がマスクを取ってバッターの安否を確認する。


 そして、すぐに手でばつ印を作ってデットボールを申告した。


「ま、丸山さん!」


「た、担架、担架を早く!」


 騒然とする港経済大学のベンチ。デットボールを喰らったバッターはピクリとも動かない。


「ひゃ一三三キロって」


 電光掲示版のスピード表示に球場の観客は驚きを隠せない。いまだかつて女子選手でこれほどまで速い球を投げる選手を見たことがなかったからだ。


「こら! 咲坂早く謝りなさい!」


 ベンチからりかこの怒号が響く。呆気に取られていた久留美は顔を引きつらせながら帽子をとって頭を下げた。


「おい見ろ、あのピッチャーデットボールを当てといて笑ってるぞ」


「と、とんでもない不良だ」


「狂ってる、まるでイカれた火炎放射器だわ」


 ざわついたグラウンドで久留美は早くも涙目だ。わざとじゃないのに人を傷つけてしまった。


「タ、タイムですぅ」


 相手ベンチに深々と頭を下げてからマウンドに走ってくる真咲を見て久留美の足腰はかつてないほど震えていた。


「真咲さん、私やっぱ無理です」


「そ、そんなことありませんよ。今のは緊張してただけでボールはよかったですぅ。もう少し頑張りましょう。ほら守備に声かけて、切り替えましょう。ね、ねっ!」


 小さな体で精一杯励まされた久留美は瞳に浮かべた涙を拭きながら後ろを振り返る。


「打たせていきま……す」


「おー! くるみちゃん頑張れー」


 明るく声を返してくれたのはあんこだけで、他の先輩たちは気まずそうに下を向いていた。


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