第21話八方ふさがり猫まっしぐら
こんなことなんてあり得ない。何が起こっているというの?
そもそもこの物語が始まったときは、イケメンの真藤との恋物語を邪魔する香織という構図だったはずだ。妻子持ちだけど、そこに開出という脇役を挟んでも悪くない。
そしてわたしの仕事は、いくつもの苦難を乗り越え、サクセスストーリーへと突っ走るってのが物語の王道なのではないのか?
そして淡い憧れを抱いていた弦と、何やら恋のようなものが芽生えてきて、そして真藤との三角関係へともつれていく。
ねぇ、ねぇ、お話なんてものは、そんなものじゃないの?
どうなるんだろうと、どきどきはらはらしながら、こうなって欲しいラストシーンに向けて盛り上がっていく。それを楽しむ。それが物語の王道よね。
だというのに、まるでわたしはリストラによって、この若さで、捨てられいく子猫のようなものだ。
いろいろ言いたいことも、不満もあったけれど、オフィス内で暴れることもなく、開出に教えられた総務部に行った。
すると、サッカー部を上のカテゴリー3に上げるために必要な仕事のスケジュール表を渡された。
U-12 U-18 などの下部組織を持つこと。資格要件にあった試合会場があること。プロ契約選手が何人以上必要なのか、などなど。
当然安定的に運営できるほどのスポンサー契約も必要だし、会社としての資本金など、資金に関する課題も多い。
これをすべてわたし一人でやるわけではないけれど、それを行う組織にわたしは組み込まれたというわけだ。
サッカーは好きだし、この仕事にやりがいがないとも言えない。
でも、まだ、ここまでの覚悟は持っていない。
両親の命を奪った無謀事故なんかがなくなるために、新しい自動運転システムを作りたいという思いもまだまだ強い。
本当にどうすればいいんだろう?
何から手をつければいいのか?
真藤が公安に呼ばれていると言っていた。
それがなんの容疑で何のためのものなのか、まずはそこが知りたい。
営業部に誰かそんなことが聞ける人はいなかったっけ?
うーん。営業部ではすぐに真藤につないでもらって、他の人と踏み込んだ話のひとつもしてこなかった。ちょっとこれは無理筋だな。
開出に、教えてくれと強く詰め寄ったら、少しくらいは教えてくれるかもしれないけれど、今回の措置を考えると、そもそも開出はこの件からわたしを外したいと思っているのは明白だ。
ならば、これ以上開出を突っつくのは得策ではない。
うーむ、と、事務棟の通路でうなっていると、香織の同期だと紹介された、香織が使っている呼称しかしらないが、しんこちゃんが通りかがった。
「あら。梅ちゃんさん。こんなところで珍しいですね。何かあったのですか?」
と明るく声をかけてくる。
「リストラよ、リストラ。配置転換に応じなければ、クビだってさ」
腹に溜まっていた不満もあって、そんなことを口走っていた。
「えっ、それはひどいですね。相談に乗りますよ。詳しく話してください。泣き寝入りはダメですよ」
思ってもみなかった、力強い言葉が反ってきた。
「あっ、ごめんごめん。そんなに深刻なものじゃないの。ちょっといろいろあって、少し頭を冷やしたら、って話」
ふうーん、と言って、疑わしそうな視線を、しんこちゃんはわたしに向けてくる。
「しんこちゃんって、労働組合か何かそんな関係の仕事をしてるの?」
「あははは。違います。そうか、ちょっとそんな風に聞こえましたよね。労働組合でもカルト宗教でもありません」
労働組合が、カルト宗教と同列に扱われたことには、ちょっと組合がかわいそうだなとは思ったけれど、とりあえず今は、どちらも必要としていない。
「そうだ。時間があるならば、うちの部署に遊びに来てくださいよ。コーヒーくらいならば、お出ししますよ」
「時間があるといえば、あるけれど。しんこちゃんの所属先ってどこ?」
「メンタルヘルスセンターです。それが正式名称なんですが、大概の人は社員相談センターなんて呼んでますね」
ああ、聞いたことはある。何かの法令だか条例だかできたときに、スカイフラワーは社員数が多いために、そのような部署を持たなくてはならなくなったと確か言ってたはずだ。
「よろず相談屋でございます。ちょっと気分を変えるために、どうぞおこしください」
しんこちゃんの物言いがうれしかった。
「じゃっ、ちょっと寄らせてもらうわ」
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