第20話この歳でリストラなの?
強い危機感を覚えながら、添付ファイルを開いてみると、なんとも拍子抜けするデータが現れた。
何? これ。どこか海外の写真のようだ。スキャンAIでも搭載したスマホがあれば、その写真がどこの国の、どんな意味がある場所なのか、たちどころにわかるだろう。だがあいにくわたしのスマホにはそんな機能はない。でも、この写真に何の意味があるのだろう。数枚のその写真は同じ国のものではないように見える。写っている植物や、岩の様子が、あきらかに違っている。
それからエクセルで作られた、数字のデータで埋まっているシートが何枚もある。その数字が何を示すのか、そのヒントになるようなものもない。
真藤は、こんなわけのわからないものを、ただの冗談で送りつけてくるような男ではない。きっと何か重要なメッセージが込められているはずだ。
いずれにしても、と梅は取り出したデータはUSBに移し、元データはメールと一緒に削除した。厳密に言えば、完全なる削除は叶わない。それでも最低限の処置は行った。そう自分に言い聞かせた。
まぶしさで目が覚めた。
昨夜は真藤から送られたデータの意味を考えていて、そのまま寝落ちをしてしまったものらしい。何か大きなことが裏で起こっているのは間違いないと思えるのに、こんなに簡単に寝落ちしてしまう自分の体と精神構造が嫌になる。
ベッドサイドに置いている時計に目をやる。そろそろ出勤する時間だ。
梅はいつものように身支度を始めた。
会社のオフィスに着くと、自分のデスクの上のディスプレーが消えていた。そこには、一台のノートパソコンが置かれている。
どういうこと? たちどころに怒りがわいた。
開出のデスクの方を見る。いつもと変わらぬ様子で、開出は自分のディスプレーをみつめている。
とっちめてやらなきゃ。
梅は速足で開出の元に向かう。
デスクの前にたどり着く頃には、開出も気配を感じたのか、顔を上げ、近づいてくる梅に視線を向けてきていた。
「わたしのパソコンはどうしたのですか?」
単刀直入に訊く。もちろん、声からして怒りがこもっている。
「破棄した」
開出も隠す気もないようで、ストレートに返してきた。こちらは、いつもの、ひょうひょうとして調子だ。
梅の怒気など、どこ吹く風っというような反応である。
「いったいどうして?」
「梅、おまえ、フラワージェット蒲浦の仕事にしばらく専念しろ。これは上の上の上からの命令だ」
「わたしたちが設計していたシステムはどうなるんですか?」
「お前のパソコンを処理するときに誤ってデータを消してしまった。だからもう、そんなものは存在しない」
何アホなことぬかしてんだよ。そもそもデータなんてものは、パスワードのセキュリティーをつけて、ストレージの仮想領域の中だろうが。わたしのディスクトップを外したからと言って、データが消えるはずがないんだよ。ねぇ、開出さん。何したのさ。
頭の中で沸騰している言葉たちをどうすることもできず、
「つまり、わたし、首ってことですか?」
「首なんてとんでもない。ただの配置転換だ」
「わたしだけじゃない。真藤さんも関わってるんですよ。それでもそんなものは存在していないって言えるんですか?」
「真藤君は、公安の調べを受けている。彼をできるだけ早く解放してやるためにも、そんなものは初めから存在しなかったことにした方がいい」
公安? なぜ真藤が公安の調べを受けてなきゃならないの。何? わたしたちって、反社会的な、とんでもなく大きな事件に巻き込まれちゃったってわけ?
「と、言うわけでだ、梅、お前さん、まずは総務部に行け。そこである程度の知識を仕入れて、全力でフラワージェット蒲浜のプロ化のために働け」
「むちゃくちゃなこと、言わないでください。どうしてこうなったのか、ちゃんと説明してもらえなければ、配置転換を拒否します」
「拒否してどうする。この会社を辞めるつもりなのか?」
説明はできないらしい。つべこべ言わずに、とにかくこのオフィスから出て行ってくれってことだ。そして真藤は公安が調査中。そちらでの調査に関する心象が悪くなってしまうが、それでも騒ぐ気かと言われているに等しい。騒ぐつもりならば、会社を去れと。
ただちに考えることを止めたい。その上で、大きな声で叫びたい。ヒステリックに泣きさけべれば、少しは気が晴れるのではないだろうか。
だがそんなことが、梅にできようはずがない。
「総務課の小下係長さんが、おまえを待っている。速くいけ」
体の良いリストラだ。そうは思うが、ここでこれ以上騒いで、ことを大きくするのも問題になる。
「わかりました」
梅は、ようやく絞り出したかのような、悲しみにかすれた声で、それだけを言った。
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