第16話やばいドアを開けちゃったみたい

 ひととおりの一般作業を終えてから、開出の元に向かった。

「どうした花咲、俺に愛の告白でもするつもりか。そんな真剣な顔をして、どうした?」

 目の前に立った梅を見て、開出が軽口をたたいた。

 もうすっかり平常運転になってますね。まったく普段と変わりがないですけど、そんな手にはもうだまされませんよ。

「だから、華咲です。ちょっと香のことでお聞きしたいことがあるのですが」

 一応こちらも、お決まりの普段の受け答えはしてから、そう切り出した。

「ここじゃまずい話か?」」

 あれっ? 変だ。このタイミングで、そんな話をわたしが切り出したならば、開出の方から場所を変えようと言い出すものだと思っていた。

「ここで、良ければ、ここで話しますけど」

「おいおい、もったいぶるねえ。どんな大問題が飛び出すのか、怖いねぇ。で、何だ?」

 なんか拍子抜けする。こんなに軽く答えていいの? それってわたしをバカにしてるってこと?

「香織の仕事なんですけど、具体的にはどんな仕事をしてるんですか?」

「ああ、南君の仕事か。まあ、この課の総務的な仕事だな。聞きたいことは、そこじゃないとは思うけど」

「はい。そこじゃありません」

「だから、そんなに怖い顔すんなよ。あれだろ、進捗管理のことが聞きたいんだろ?」

 あれっ? またまた拍子抜けする。それは秘密でもなんでもないことなの?

「そうです」

「うちの社には、頭のいい奴ばかりが集まっている部署があってな。そいつらが社員の価値を数値化するために、作業効率だの、利益率だの、独自性だの、そんなあんなを取り入れたプログラムを作って管理している。まあ、普通の社員にとっては、どうでもいいプログラムなんだがな。しかしうちの課となると、ちょっとややこしいことが起こる。ここは新しいシステムとかを設計したりするだろ。だからそのプログラムもちょっと特殊なものにアレンジされている。だけど、南の仕事は単純だ。南は単に、その特殊プログラムがはじき出した数値を、俺が作成した進捗スケジュールの数値にあてはめ、それをグラフ化したり、フローチャート化するような仕事だ。南には、そこから、それが何を示すのかなんて、わかりようもない」

 うわっ、びっくりした。ここまで平気で教えてくるなんて、思ってもいなかった。でも、そうか、このタイミングで、わたしと開出リーダーがそろってオフィスを出て行ったら、そっちのほうがよっぽど怪しまれるか。それに開出はごく普通にしゃべっているけれど、言ってることは冷静に考えると強烈なことだ。

 頭のいい奴ばかりが集まっている部署がある、とは、つまり、その部署が、うちの会社のすべてのテータを管理しているってわけよね。ふうん。やっぱりそんな部署があったんだ。そして香織。香織のやっていた仕事について、かなり深く教えてくれたとは思うけれど、話しの流れからすると、香織を疑う必要はないって、言ってるのよね。それ、丸々信じていいことなの?

 梅は開出の目をみつめる。開出はいつもと変わらないように見える。特段の変化もない。

「香織。勘はいいほうですよ」

「ほう。何かそう思える具体的なことでもあったのか?」

 真藤との会話や、香織の情報収集の異常な速さなんかを言うべきなのか。考えてはみたが、ここで持ち出すことではないと判断した。

「いえ。ありません」

「だったらもう、そんなことは考えるな。で、キューポラ光学へのアポは取れたのか?」

「まだです」

「だったらそれに、俺も同行できるように問い合わせてくれないかな」

 なぜ開出リーダーが、とは思ったけれど、別行動されるよりは、よほどマシか。

「わかりました。その方向でアポを取ります」


 キューポラ光学とのアポは、意外に簡単に取れた。

 梅は、システム開発課の千頭寺課長にお会いしたいと申し入れたのだが、開出が同行したい旨を告げると、少し待たされてから、システム開発役員の保科が同席すると返ってきた。

 今肩を並べて歩いている開出は、社内では軽んじられているけれど、社外では意外に重要人物として認められているのかもしれない。

 開出にしても、キューポラの役員が会うとの返答を伝えても、そうか、程度の反応しか示さなかった。システムヒューマンの桜庭のこともある。開出リーダーって何者なの?

 昨日は門前払いだった受付も、お待ちしていました、と応じて、入管カードを渡してきただけでなく、エレベーターの前まで案内してくれた。

 それだけでもびっくりなんだけど、なんと、エレベーターの前には、秘書なる人が待っていて、そのまま、ご案内します、ときたもんだから、もうパニックになりそうなほど驚いた。

 当然のことながら、いつも商談する応接フロアーに案内されるものと思っていたが、エレベーターはその階数を超えて、上昇していく。

 まさか役員室ってことはないよね。梅の胸の鼓動は速くなる。

 案内されたのは、システム開発課のオフィスだった。これがまた驚きなのは、なんとその入り口で、千頭寺がすでに待っていたことだ。

「少々セキュリティーシステムがやっかいなもので、ここでお待ちしていました」

 と千頭寺は、笑顔で言う。

「いやぁ、噂には聞いていましたが、なんとも素晴らしいですね。それも違和感を抱かせない」

 などと、開出が応じる。

 いや、何? エレベーターで上がってきただけでしょ。何を言ってるの?

「やはりお分かりになりましたか」

「いやいや噂で聞いていたからです。しかしロックを解除しないと、特定階にはエレベーターが止まらないとは、かなりのお値段なんでしょうね」

 話しの内容はすごいのだが、開出が値段に食いついたことで、そこなの? と少し気持ちが落ち着いた。

「中にご案内します」

 千頭寺は、開出の値段発言には応えず、セキュリティーカードと指紋認証を使って、オフィスのドアを開けた。

 いやあ、もうびっくり。ここは、どこの国なの? て感じだ。インド系、欧州系、東南アジア系と、本当に世界中から集まった人々が働いている。日本人らしき姿は2割くらいだろうか。それもドアから入っただけでは、オフィスとの間にガラスの壁がある。これもきっと銃弾くらいでは、割れたり穴が開いたりしないような強化ガラスでできているのだろう。

 開出はガラスに近づいて、オフィスの中をのぞき込んでいる。

 しばらくの時間を置いてから、

「こちらにどうぞ」

 と千頭寺は左手に案内した。

 案内された場所は、総ガラス張りのミーティングルームらしき部屋だった。

 椅子に座っていた男が立ち上がり、

「お久しぶりです。開出さん。確かニューヨークでお会いしましたな」

 と言いながら、開出に向かって右手を差し出した。これがシステム開発役員の保科なのだろう。

 その手を取り、握手をしながら、

「その節はいろいろとご教授いただき、ありがとうこざいました」

 と開出は答えた。

 何? 開出さんって、超VIPなの? ただの競馬おじさんじゃないの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る