第13話推理の迷路

 息苦しさを感じながら、ようやく自分の部屋にたどり着いた。

 安いアパートの一室だ。三畳のキッチンがついてるだけましか。部屋はフローリングの八畳ほど。右の壁際にベッドを置いている。頭の方向が窓だ。明かりは入りはするものの、二階なので眺望は望めない。後は座り机がひとつ。ちゃぶ台にも使うし、ノートパソコンを使って、そこで仕事もする。

 梅は座った。座り机の上にいつも置いているフローチャート用の紙を一枚手元に寄せる。白地に横は5個、縦は4段になって、箱が描かれたものだ。その最初の箱に、ダブルシーケンスと書き込んだ。

 やはりここから何かが起こっていることは間違いなさそうだ。

 まずは、真藤、とその横の箱に名を入れる。その横から、香織、開出、と入れる。ひとマスは埋めない。下に下がって、スカイフラワー、キューポラ光学、システムヒューマン、サムライ動力車、まで埋めた。

 その図を見ながら、じっと考えてみる。

 本来ダブルシーケンスのことを知っているのは、わたしと真藤しかいない。そこに何かが起こったことを真藤が察知したようだ。それを香織が同席の場所で口にした。それはつまり。真藤は香織がなんらかの形で関与しているのではないかと思ってのことだろう。そのときの会話を思い出してみると、真藤は、開出の存在に興味を持ったように思える。そして、まさにその開出から、ダブルシーケンスの話しが飛び出した。その会話から考えると、ダブルシーケンスが問題なのではなくて、キューポラ光学と、そのシステムを開発することを問題としているような内容だった。

 キューポラ光学。これについては、レンズを主な製品とする、世界的な企業というような、一般的な情報しか梅は持ち合わせていない。今回のシステム開発には、そのキューポラ光学の新製品である特殊複眼レンズを主たるパーツとして設計している。

 どこまで先方に話したっけ?

 キューポラの新製品の、特殊複眼レンズを使ったシステム設計をしているとは告げている。他に何かあったか? システムの中身は告げてないが、そのシステムは側方からの衝突を防ぐように作動させる、というような説明はしている。他にはない。それだけだ。相手からも、そのシステムの深部に関する突っ込んだ質問は受けてない。わたしからキューポラに聞いたことは、新製品である特殊複眼レンズの仕様に関することだけだ。あっ、わたしがキューポラに細かく聞いた部分を寄せ集めれば、わたしたちが設計しているシステムの姿が、おぼろにでも浮かんでくるかもしれない。その可能性はないとはいえない。だけれども、そんなことならば、日常的にいくつもあることだろう。わたしの話だけ、特に記憶に留め、探るようなことまでするだろうか?

 うーん。キューポラはここまでか。でも何かがあるみたい。やっぱり明日、訪問はしておきゃなけゃだな。

 次に、システムヒューマン。これが、なぜ、このタイミングで絡んできたのかがわからない。誰かが、わたしたちの秘密データを流さない限り、その存在に気づくことはあり得ない。だったら、誰が流したのか。香織なのか、開出なのか。つい先ほどのシステムヒューマンとの会話を思い出してみる。あの話の流れからすると、真藤が流したものではないと考えられる。なぜならば、システムヒューマンの桜庭が、まず最初は開出に当たったと言っているからだ。開出がどのタイミングで、あの秘密データに気づいたのか? 

 流れからすると、システムヒューマンからの申し入れによって、気づいたというのが自然な流れだ。だがシステム名だけ聞いても、そのシステムの内容はわかるはずがない。だが、わたしに言ったのは、そのシステムをキューポラとともに構築するのは止めろ、ということだったはずだ。なぜキューポラとはダメなのか。そしてそう発言するからには、どこのタイミングかはわからないが、今はあのシステムの中身も知っているというのが自然だろう。その情報はどこから仕入れた?

 うん? 変だ? おかしい、おかしい。システムヒューマンが、わたしたちのシステムの中身を知っているのならば、わたしと真藤を、わざわざ自分たちの組織に取り込む必要はない。あそこには、優秀なエンジニアが何人もいるはずだ。彼らなら、システム構築のきっかけさえつかめれば、わたしたちよりも早く、正確なシステムを構築できるはずだ。なのになぜ、わたしたちを?

 なるほど。真藤は、この動きをわたしに知らせるために、あの席にわたしをわざわざ呼んだのではないのか? そう考えると、今さっきのやりとりがしっくりくる。

 だが、わたしにこのタイミングで知らせる意味は? ここから先は、真藤だけでは進められない何かがあったということか。あるいは相手の懐深く入り込むから、わたしにシステムのデータを早急に隠せというメッセージでも込められてのものかも知れない。どういう意味だったのか?

 わたしはフローチャートの図をもう一度みつめた。

 なぜ、香織?

 話しのスタートではあるけれど、どうしてそこが香織だったのか。あのとき、真藤は、香織に何かを聞きたくてやってきたのではないのだろうか。たまたま、わたしと二人でいたから、これ幸いと、わたしと香織とともに食事に付き合ったのではないのだろうか。

 うん? でも、香織にダブルシーケンスの名を明かす必要があった?

 いや、そもそものところからおかしい。わたしと真藤との間では、ダブルシーケンスというワードを使えば、ふたりが設計していたシステムのことだとすぐにわかる。だが、冷静に言葉だけとらえれば、それは何も具体的なものは指し示していない。あれ? なんか全部おかしいことになる。

 だったらなぜ、システムヒューマンは、わざわざ、本来ならば何も指し示さない、ダブルシーケンスというワードを使ったのか? 今の考察が正しければ、システムの中身は、まだシステムヒューマン側は把握していないことになる。ならば、先ほどの酒席では、意味不明なやりとりをしたことになる。

 なんだ?

 落ち着こう。まずは香織だ。

 真藤が香織に聞こえるように、わざと口にしたのは、まず間違いない。あのとき、香織はどんな顔してたっけ?

 とろーんと夢見るような目で、真藤のことをみつめていた、ただのメス豚。って、何、違う、ふざけている場合じゃない。だけど思い出せるのは、言葉には何の反応も示さなかった。目の前の王子様をみつめて恋する香織の表情だけだ。

 でもたぶん、真藤は、わたしたちの秘密データの流出に、香織が関係しているのではないかと、疑っていたはずだ。香織にそんなことができた?

 できるとは思えない。けれども、確かに香織は、社内の誰が今どんな仕事をしているといった類の情報を持っていることが多い。それは噂好きな香織が、いろいろな場所で噂話をして仕入れた情報を分析し、それによって知ることになった情報なのだろうと、簡単に考えていた。でも、こうして改めて考えると、それってかなりやばいよね。それに、あのタイミングで、開出の同級生として、システムヒューマンの桜庭の存在まで嗅ぎつけていたし。あれって、簡単にできることじゃない。なのに、なぜ?

 香織はわたしの知らない、恐ろしい別の顔を持っているのかもしれない。

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