第12話発火点

「今、どこ?」

「グラウンドです」

「ああ。サッカーだったね。何か変なことはなかった?」

 それを訊く、真藤こそか一番変だ。何かが起こっているとは感じるけれど、それが何なのかは想像がつかない。開出のことを話した方がいいのだろうか。真藤には興味のある話だろう。

 いろいろと考えたけれど、結局、梅は、

「特に変わったことはありません。どうしてそんなことを訊くのですか」と返した。

「いや。何もないならいいんだ。こんな時間だけど、古潭にこれないかな」

 古潭? 何度か商談で使ったことがある。老舗の高級料亭だ。当然料金もすこぶる高い。ちょっとやそっとでは会社の経理が、使う許可を出すとは思えない。

 こんな時間とは言うものの、今は午後8時ちょっと過ぎだ。呼び出しされるはずがない時間というには、微妙なところだ。ここから古潭までは、乗り換え無しでいけるから、30分くらいで着けるだろう。

「行きます」

 そう梅は答えた。


 古潭に着いて真藤の名を告げると、「皆さまお揃いでございます」との返答があって、奥に向かって案内された。

 ここは政財界の大物も使うと言われている高級料亭だ。梅にとってはあまりにも場違いな場所である。居心地が悪くて、ふわふわとした感覚を覚えながら、仲居の後をついていく。通された部屋で待っていた人物の姿を見て、さらに場違い感は強まった。

 下座には真藤がひとりで座っており、上座には3人の男性が座っていた。その真ん中の男性は、いかにも会社役員という押し出しのよい風体をしている。左側の中年男性は、エリートそうな鋭い眼光を梅に向けてくる。そして右側の梅と同年代の男性は見知っていた。システムヒューマンの営業マンだ。何度かプレゼンの席で会ったことがある。一応簡単な名刺のやりとりもしていた。

「やあやあ。こんなに若くて、きれいな方がおいでになるとは思ってもいませんでした」

 役員然とした男性が鷹揚に笑顔を見せて言った。

「華咲さん。座ってください」

 新藤がそう声をかけてきて、自分の横のざぶとんを指し示した。

 梅は、自分が壊れた機械仕掛けの人形にでもなったかのように、ペタンと音がしそうな勢いでざぶとんに尻を落とした。どうやらあがっているようだ。さすがにこの状況ならば緊張するのも当然よね。

「真藤さん。どこから話しましょうか」

 役員然とした男の言葉には、ここからの進行役は君がするべきだというような、威圧感を覚えさせるものだった。

「もちろんわたしから華咲には話します。その後でよろしくお願いいたします」

「ああ、そうですか。ではよろしく」

 それって、どういう意味? 梅にはまだ何が何だかさっぱりわからない。


「こちらは、システムヒューマンの取締役の園田さん、システム開発部長の桜庭さん、そして君も知っている営業の中島君だ。今回、システムヒューマンさんから、我々にご提案をいただいた。それについての話し合いの席をとのご依頼で、この席を持つことになった」

 いやいや、そんなすごいことを話す席に、わたしなんかがいちゃまずいでしょ。わたしには何の権限もないし、そもそもこんな席に座るほどの肩書も権利も、ついでに義務もない。

「システムヒューマンさんは、今度のサムライ動力車さんへのプレゼンを、タッグを組んでやらないかと声をかけてきてくださった。うちのダブルシーケンスシステムとの提携もしたいとおっしゃってる」

 どうしちゃったんですか、真藤さん。それ、うちのマル秘もマル秘のトップシークレットですよね。システムヒューマンさんに、情報、流しちゃったんですか。それにそんな風に話を進められても、わたしに答えられることは何もない。そんなことくらい、知ってるでしょ。

 そこに料理が運ばれてきた。どうやら京懐石のようだ。彩りもよく手もかかった料理が並んでいく。いつもならばその魅力にたちまちとらわれてしまうところだが、今夜はさすがにそんな気分になれない。

 なぜ、こんな席にわたしは呼ばれたのか? 真藤は、わたしに何をさせようとしているのか? さっぱりわからない。

「システムヒューマンさんは、僕と君を欲しいと言ってくださっている。良い条件を提示するから、転職しないかとね」

 なんですって。何、バカなことを言い出すのよ。そんなこと、できるはずも、するはずもないじゃない。どうしちゃったの、真藤さん。

「今回のサムライ動力車さんのシステムの件は、ほぼほぼ当社に決まっていてね。それはそれで良かったんだが、君たちが、何やら面白いシステムを思いついてるという情報が、とあるところから入ってきた。それならば、サムライ動力車さんの利益のためにも、合同でやった方がいいと考えた」

 園田が落ち着いた口調で言う。強い自信が声に表れている。

「君たちの社の、開出リーダとは、学生時代からの友人でね。それで最初は彼にこの話を持ち込んだんだが、そんなシステムなんて開発していないと言う。そこまで嘘つく必要はないと思うけど。それで真藤君に話をしてみると、それは社内でも秘密であって、真藤君とあなたしか知らないものだということを教えてもらった。そこで、今の話になっていったというわけだ。うちならば、予算を気にせず、思いっきり開発に没頭できるよ。もちろんお給料だって上がる。悪い話じゃないと思うんだが」

 そう言ったのは桜庭だ。

 確か香織が、開出との関係者として、桜庭の存在を示すようなことを言っていた。つまり、それがここに繋がるわけか。やはり何かが裏にはあるんだろうな。でも、これはわたしが答えられる種類の問題なんかじゃない。どうすればいいの、わたし。

「少しよろしいですか」

 真藤が口をはさんできた。

「どうぞ」

 園田が応える。

「華咲は今ここで結論は出せないと思います。ただ直接お話しいただいたことで、嘘ではないことは伝わりました。後は、わたしが説得しますので、ここから先はわたしとの打ち合わせでお願いします」

 解放されそうな流れで、ありがたくはある。けれども、それで問題が解決したわけじゃない。真藤が何を考えているのかわからない。

「君が責任を持つというのなら、それでもかまわない」

 園田が宣言するかのように言った。


 店から出た梅は駅に向かう。

 頭の中は混乱したままだ。誰かが追いかけてくるような気がして、しだいに歩くのが速くなる。

 どこか安全な場所に早くたどり着いて、ここまでのことをゆっくりと整理したい。そう強く思った。

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