第11話新戦力はこうして現れる

 グランドに残った選手を渡良監督は2チームに分けた。

 あぶれた選手はサブということだろう。片方のチームにはビブスを着けさせた。紅白戦ってとこかな。

 プレーが始まると、梅の目は丸くなってしまった。うまい。みんな、うまい。どうしちゃったのよ。

 昼間に弦のプレーを見たときには、うちのチームのメンバーと、すぐにうまく連携プレーができるなんて、まったく想像できなかった。だが今、ボールは見事に回っていく。

 ああ、新しく入った選手が、そこをうまく繋いでるんだ。弦はトップ下だけど、盛んにポジションを変え、流動的に動いている。それができるのはグリーンのTシャツ君と、うちのメンバーの近藤君がいるからだ。トライアングルを保ったまま、まるでひとつの生き物のように動いていく。近藤君って、こんなにうまかったんだね。いつも好き勝手言ってきて、ごめんね。

 ツートップの一角の三島が下りてきてボールに絡む。その空いたスペースにものすごいスピードでもう一方のトップが走りこむ。それによって空いたスペースに弦がドリブルで切り込む。バックスを2人ひきつけておいて、そのバックスの股を抜いて、スピード君にスルーパス。それをスピード君はダイレクトでゴール右隅に流し込んだ。

 すごい。うちのチームってこんなにきれいな崩しができるんだ。もっとも絡んだ3人は、新メンバーだけど。

「いいぞ、源内。抜群の飛び出しだった。弦、もうひとつ前もあったぞ。わかってると思うが」

 声をかけられて、弦とスピード君がサムアップする。

 そうかあのスピード君が源内君か。ただ足が速いってだけじゃない。オフザボールの動きもとてもいい。

 そして梅が一番驚いたのは、うちのボランチの康太さんと右サイドの秋元君が、攻撃している最中にも、自分の守備範囲のスペースを、ターンオーバーに備えて、きっちり埋めていたことだ。それはそのままセカンドボールにチャレンジできる態勢でもある。康太さんは、もともとそういう選手で、デュエルも強かったけど、一層レベルアップしている。

 なんの魔法よ。こんなに一発ではまるなんてあり得ない。でも実際に見事にはまっている。どういうこと?

 渡良監督は、15分程度でプレーを止めて、全員を自分の前に集めた。

「どうだった?」と渡良は訊く。

 するとすぐに様々な選手がしゃべり出す。それぞれ関与した選手に、あのスペースを埋めてくれだの、あそこは前に行ってくれだの、少し前のタイミングで出してくれだの、それに対して、自分の意図はこうだったから、そこはこうだろ、なんて、本当に強豪チームのようなやり取りで、感動すら覚える。本当にすごい。たったこれだけの短い時間でチームが生まれ変わったと言っても過言ではない。

「よし。弦、康太、チームに振り分けろ」

 弦と康太がビブスの付け替えを命じている。数人はサブと入れ替えた。


 グラウンドを走る選手たちに、目を向けたままで、渡良は、

「梅よぉー。まるで魔法でも見ているような目だな」

 と言ってきた。

「そりゃそうですよ。こんなに劇的に変わるなんて、魔法としか言いようがありません」

「だからあんなに大勢を集めたのさ。まったく知らない初対面の選手とプレーを合わせるなんざ、そりゃぁ難しいさ。だけど、大勢とそんなことをした後で、その中でもフィットしていた選手を残す。初期設定としては同じく、きょう初めてあった選手だけど、もうそうなってくると違う。誰もが、このスキルがある選手なら、こんな風にプレーしたいってイメージがわくからな」

「本当にすごいですねぇー」

「そうだろ。俺が名監督だということに、ようやく気付いたか。遅い」

「いや、選手たちが本当にすごいなぁー、と」

 もちろん選手たちがすごいと思ったのが一番だが、同時に、渡良監督も見直した。このセクハラ狸に、こんな芸当ができるなんて、本当にびっくりだ。


 ゲーム形式の練習が終わると、渡良は、選手をすべて呼び寄せた。

 左側に、もともとのチームのメンバーが集まる。真ん中は、弦と源内、DFの友井と日下。右側に、きょうの練習に参加して、最後まで残った選手が集まった。

 渡良は、もともと加入が決まっていた、弦、源内、友井、日下に、一言ずつあいさつをさせた。拍手が起こる。

 それから練習参加していた選手の方に歩み寄り、その中の3人の肩を叩いて、前に出るようにと促した。

 それから渡良は、ふたたび梅の横の定位置に戻り、前に出ている3人の選手に視線を向けて、

「どうだ。しばらくうちの練習に参加してみるか? ひと言言ってくれ」

 と訊いた。選ばれたのは、グリーンのTシャツを着た選手、瀬戸熊、黒のタンクトップを着たバカでかい選手、白鳥、そして東南アジア系と思われる細っこい選手、カナンチャイ、の3人だった。

 瀬戸熊と白鳥はすぐに自分の名を名乗り「よろしくお願いします」と大きな声で言って、深々と頭を下げた。だがもう1人の、東南アジア系に見える、細っこい選手のカナンチャイは、名乗りはしたが、他の2人の動きを視線で追うばかりで、突っ立ったままでいる。

「どうした。うちの練習に参加するのは嫌なのか?」

 渡良が訊くと、カナンチャイは、英語で話し始めた。

「おい、梅。なんて言ってるんだ」

 自分が対応できなくなると、すぐにわたしに無茶ぶりするのはやめてって、いつも言ってますよね。わたしはドラえもんでも、グーグルちゃんでもないんだから。なんでもかんでも知っているわけないじゃない。よって、グーグルちゃんのライブ翻訳なんて高度なスキルは、わたしには付いてません。それでも指名されたいきさつ上、細っこい選手に、自分が知っているだけの単語をつなげて、話しかけてみた。

 どうやら、自分は合格で、このチームに入れるのかと聞いているらしい。アルバイトは辞めてもいいのかってことも言っている。

 それを渡良に伝える。

「あくまで練習生だ。そこで力を見せれば、当然入団交渉をすることになる」

 またまた梅は、少ないボキャブラリーの中から、必死に単語を選び出し、細っこい選手に伝える。

 OKと言ってから、細っこい選手は、笑顔になった。

 おいおい、大丈夫か? 現在のカテゴリー3の選手の中には、プロではあるけれど、同時にアルバイトもしないと生活が苦しいって選手もけっこういると聞いている。それにうちはまだ、そのカテゴリー3にも上がっていない。それは正式にうちの選手になれば、お給料は出るだろうけれど、それだってそんなに高いはずがない。なんか勘違いしてないよね。わたし、ちゃんと通訳したよね。

 そんな心配をしている最中に、ポケットに入れておいた、スマホのバイブレータが作動した。

 取り出して確認すると、人のいないところで、電話が欲しいという、真藤からのメッセージが届いていた。

「ちょっと仕事の電話がかかってきました」

 と渡良に伝えてから、ライトに照らされているグラウンドから離れて行く。

 

 充分、離れて、会話が聞かれる心配はないという場所までくると、すぐに真藤に電話をかけた。

 真藤はワンコールですぐに出た。ていうか、梅的には、ワンコールが終わる前に出たように思える。それだけでなんだか背中を、おぞましいものが這い登っていくような感覚があった。

 これって、悪い予感よね。梅は身構えた。

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