第10話みんなアホでしょ

 どうしたって言うんだろう。グラウンドは人であふれていた。もちろんうちのチームの選手もいる。だが、初対面の選手がその倍近くいる。

「なんなんですか? これ。何?」

「いや、いろいろなやつに遊びに来いと言ってみたら、この大盛況だ」

 そう言いながら、渡良監督は、目を細めて、満足そうに目の前の選手たちをみつめている。

「すげぇ、楽しそうだろ。みんな真剣そのものだろ。これ、いいと思わないか」

 渡良は、本当にご機嫌そのものだ。

「いや、まじめに練習しなくちゃいけないでしょ。今シーズンは本当に勝負なんですよ」

「いや、梅さぁ、おまえさんが考える練習ってなんだ。去年までのうちの戦力でほんとにカテゴリー3に上がれるって思ってるのか」

「そりゃ去年と同じプレーしてたら、無理です。だからこそ、上に行けるだけの練習をして、個々の選手がレベルUPしなきゃ」

「だから、それを今やってる」

 渡良は、少し怒ったような口調で言った。それから、

「おーーーい、弦、康太ぁー」

 大声を上げて、きょう入団した弦とチームのキャプテンである康太を呼んだ。

 集まった3人は、ときどきグラウンドの方を見ながら、なにやら相談をしている。

「よし。それでいこう」

 渡良がそう言うと、弦と康太は走り出し、グラウンドでボールを蹴っていた選手たちの何人かの肩を次々に叩いていく。

 肩を叩かれた選手たちは、プレーを止めて、ある者はそのままグラウンドを去って行ったし、ある者は、グラウンドを出たところで、腰を下ろし、まだグラウンドでプレーを続けている選手たちに視線を向けて見入っている。そして少なくない選手たちが、渡良と梅の方にやってきた。

「小林、楽しめたか」

 近くに集まってきた一団に向けて、渡良が声をかけた。頭をかきかき前に進み出てきたのは、昨シーズンまでカテゴリー2で活躍していた小林選手だった。

「楽しめました。いやぁ、まだまだやれると思ってたんですが、なんか、すげぇみんなレベルが高くなってて、やっぱり引退は正解だったって、納得できました。それに、あの弦と一緒にプレーできて、本当に楽しかったですね」

「いやいや。まだおまえさんがサッカーをやりたいというのなら、プロとは言えないかもしれないが、欲しいってチームはあるだろ」

「うーん、そうですね。そっちはまだまったく考えてなくて。少しは、一般常識は身に着けたほうがいいのかなと勉強中です」

「なるほど。そういうのも悪くないな。まだまだおまえさんの人生は長いだろうからな。で、どいつがすごい」

 うん? これって、セレクションなの? そういうの勝手に開いちゃってもいいの? あっ、人数はアホほど多いけど、練習参加させてみたってことなら問題ないのかも。いやぁ、わたしもそっち方面の知識を身につけないと、こっから先には進めないな。なんてとこまで考えて、っても、落っことした選手に、どの選手がすごい、って聞くデリカシーのなさはどうなのよ。

「ああ、結構いい選手はいますよ。あのグリーンのTシャツのやつなんか、いったいどこに隠れてたんだよってレベルですし」

 あーん、まったく、こいつらときたら、どんな神経してんだよ。聞く方も聞く方だけど、それに嬉々として答える選手って、そんなことあり得んの、って思ってたら、「なぁ」なんて言いながら、小林自身が、他の落とされた選手の肩叩いて、あいつもすげぇよな、なんて言ってる。まったくこいつらの精神構造はどうなってるんだ。

 結局落とされた選手たちは3人の選手がすごいと結論を出した。

 それを聞いた渡良は、満足気だ。

「おい、梅。おまえさんはどの選手が好きだ。いいかげん機嫌直して、いつものように言ってみろ」

 いつもって何よ。そんなことなんていつも言ってないでしょ。そう心の中で悪態をついたものの、梅はやっぱりグラウンドを眺めてしまう。

「あの水色のはちまき。それとあの細っこい外人? 赤の短パン。黒のタンクトップのバカでかい人」

 目についた選手をかたっぱしから上げてみる。

 まず最初に渡良が声を上げて大笑いしだした。それに合わせるように周りに集まっていた選手たちがやはり笑い声を出す。

 なによ、言えっていったのは、そっちじゃないの。なんでわたしが笑いものにならなきゃいけないわけ?

「いや、梅よ」

 そう言い始めた渡良は、まだ笑いの発作が完全には静まっていないらしく、ときどきヒイヒイとのどを鳴らしながら、

「あまえさんは本当に残酷やな。これだけの連中が、何が何でも、わたしたちの目にとまるようにと、必死にプレーしてるのに、そこまでサクサクと答えちまうなんてよ。お前たち、良かったな」

 と周りの選手に視線を向けて、

「落ちたのはこいつの査定じゃないから安心しろ。なにしろあの天下の弦のお裁きだからよ」

 いや、それってちっともフォローになってないし。傷口に塩塗ってるようなもんだし。あんたパワハラで逮捕されちゃうよ。

「へぇ、結構いい目してるねぇ。サッカーやってたの?」

 小林はそう言って、わたしを、みつめてくる。わたしは、わたしの後ろを振り向く。振り向くまでもなく、わたしに聞いたんだとは思ったけど。

「あっ、わたし運動オンチなんです。25mプールも泳げません」

 なんて答えしてんのよ、あたし。今、水泳なんて、なんの関係もないじゃない。

 小林は、とてもゆかいそうな表情になって、笑い声をあげた。

「ああ、この人が渡良監督が言ってた、花咲梅さんですか。噂通り、真っ赤に満開ですね」

 いやいや。そりゃぁ、わたしの返答が、唐変木の藤兵衛だったってことは否定しないけれど、それにしても、その言いぐさはないでしょ。

「難しい華に咲くで、カザキです」

 それを聞くと、集まっていた選手たちは、どっと笑い声をあげた。

 だからぁ、すげぇユニゾンで笑うんじゃないよ。恥ずかし過ぎるだろ。


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