36、私、術が使えるようになります!
カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の中をやわらかな輝きで満たしていく、朝。
窓の外からは、遠くから聞こえてくる鳥のさえずりが、新しい一日の始まりを告げるように響いていた。
(わ、あ……)
意識を覚醒させた桜子は、どきりとした。
寝台の中で京也はすやすやと熟睡しており、その腕は桜子を抱きしめて放さない。昨夜から、ずっとだ。
明るい寝室で見る京也は美しく、首筋から鎖骨、胸板まで、呼吸に合わせて上下する様子が、なんとも色っぽい。
あまりじろじろ見てはいけないような気がして、桜子は自分の赤く熱くなった顔を手で覆った。
「んぅ……」
ちょうどそのとき、京也が目を覚ました。
寝惚け
「あれっ⁉︎」
京也は一瞬で覚醒したように大声をあげて身を起こして、距離を取った。よかった、起きてくださった――けれど、ちょっと気まずい気がする。桜子はもじもじとした。
「おはようございます、京也様。……お、起こしてしまいました、でしょうか」
桜子の言葉に、京也は目をこすりながら、首をかしげる。
「おはよう、桜子さん……、昨夜は――あれっ、これはどうも現実っぽいな? 夢ではないな? 俺はなにをした? 俺はもしや……とんでもないことを? 襲ってしまったか? 俺のことを嫌いになったか?」
(あっ、覚えていらっしゃらない……)
桜子は目を丸くして、思わず口元を笑みの形にほころばせた。
京也があわてる様子が、可愛らしく微笑ましいものにみえたのだ。
「昨日は……夕食を楽しみました後、部屋に飛んで……京也様は、とてもお疲れでしたので、眠ってしまわれました……」
「ああ~~! お、思い出してきた」
桜子が説明すると、京也は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「な、なんということか。キスしてしまった!」
一大事件! というように言われて、桜子は真っ赤になった。
そんな桜子に、京也は反省顔をしつつも「あらためてもう一回キスしないか? いやならよそう」と言ってもみじに「だめ」と言われている。
「いろいろとすまない、桜子さん。寝不足の夜に酒を飲んだのもあって、俺の理性と知性が蕩けていた。ひとことで言うならバカであった。ところでキスしてはいけないだろうか」
京也の謝罪の言葉に、桜子は笑みを浮かべて頭を振る。
「いいえ、大丈夫です。それよりも、京也様、もう少しお休みなさってください。疲れがたまっていらっしゃるのだと思います」
「そうか! 大丈夫か!」
「えっ」
パァッと顔を明るくして、小鳥がついばむように口付けが落とされる。あっという間の二度目のキスは、角度を変えてちゅ、ちゅと連続した。
「ん……っ!」
「ふふっ……これは、今日から毎朝しよう! だめかい。だめなら、しない」
もみじが「だめ」と言っているが、京也は「空気はどうした? もみじ?」と笑顔だ。
桜子はすっかり動転して、心臓をどきどきと暴れさせながら俯いた。
恥ずかしい。けれど、いやではなかった。
これを毎朝は、刺激がつよすぎる気がする。けれど――だめです、というのも、ためらわれてしまうようで。
「だ、だめでは、ないです」
京也はこくりと喉を鳴らした。そして、片手でそわそわと口元を覆い、「し、新婚っぽい」と呟いて、寝台の寝具を抱きしめて悶えた。
「もみじ、くうき! でも、おふたりはしんこんじゃなぁい」
もみじがあどけない声でつっこみをする。
「……空気はしゃべらないんだ、もみじ」
「あい~!」
京也ともみじのやりとりを聞きながら、桜子の胸には実感が湧いていた。
――このあやかしたちは自分を受け入れてくれている。そして、自分もあやかしたちを好ましく思っている……、という実感だ。
「桜子さん、俺は今とても癒されたので、休む必要性を感じない。というか、もうこんなに高揚しては眠ろうと思っても無理だ。むしろ、寝ている時間を惜しんで桜子さんと過ごしたい」
京也はいつものように「どうだろうか」と提案した。
「霊力の扱い方や術の基礎を教えてあげよう。と、思うのだが」
「鏡や術が使えるように、ですね」
「そうだ」
魅力的な提案だ。
なにせ、桜子には術の才能があるらしいのだ。
桜子は、どきどきしながら真剣にうなずいた。
「はい、京也さま。ぜひ教えてください。私、術を使えるようになりたいです!」
「ははっ、いい意気込みだ!」
その日から、桜子は霊力の扱い方や術の使い方を教わるようになった。
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