百合帝国と純粋神聖クエーサー帝国・接触ーその4

 百合帝国のハイブリッド飛行船は、飛行警備艇の先導によりクエイスシャイタン海空軍基地に着地していた。

飛行警備艇の艇長からの連絡を受け、クエーサー帝国政府の人員や基地の警備隊がハイブリッド飛行船のハッチ前に集まっていた。


 ハッチが開かれる。

百合帝国の使節の三名が海空軍基地に降り立った。

外交官が進みでる。

「こんにちは、異国の客人方。私は純粋神聖クエーサー帝国外務省所属の外交官です。アフレット・クリュと申します。どうぞクリュとお呼びください」

クエーサー帝国式の、上腕を水平にあげ、前腕を垂直にあげる礼をする。

左腕はまっすぐ下ろしたままだ。

クエーサー帝国においてこれは、お辞儀であり敬礼であり目上相手、目下相手、文官武官区別なく挨拶は全てこれである。

純粋神聖クエーサー帝国の大学は誰でも簡単に入れるが出るのは大変難しい。

学業に専念したがそれでも留年を繰り返し、なんとか貯金が底をつく前にクエイスシャイタン法科大学を卒業した彼は、たまたま政府が外交官を増員するための上級官吏試験を行うと聞き、受験し合格し、晴れて外交官として採用されたのであった。

この場のクエーサー帝国の交渉担当者として彼は、防疫を担当する外務省所属の医官となっていたエリアス、碩学院より、魔力を感知できない未知の技術の産物と思しき船を見極めるため派遣された工学博士、未知の知的種族と思われる異国の客人の性質を見極めるための生物学博士等、派遣された人員を紹介していった。

百合帝国側の三名も、それぞれ所属する国家と自分の名を述べ挨拶を行う。

百合帝国式カーテシー、明らかにシャイタンパー大陸のいかなる物とも異なる文化に属する者であることが礼一つからも見て取れた。


 生物学博士は百合帝国側の人員を見遣って、一目でクエーサー帝国人と明らかに異なる種族であることを知った。

姿は似ているが耳が独特だ。

丸い。

この大陸の知的種族の尖った長い耳ではない。

かつて行われた生き地獄、船乗り残酷物語と記録される、水上船の帆船による探検航海で、海の向こうにはこの大陸と異なる知的種族の国があることは、航海からの僅かな生還者により知られているが交流は無い。

技術進歩で、航海者に地獄を味合わせることなく海を越えられる長大な航続距離を持つ飛行船の建造が可能になり、再び使節と調査団を海の向こうに派遣することは決定されている。

現在はそのための飛行船を建造中だ。

クリュを雇用した外交官増員はそのためのものであり、本来なら彼の方から、使節の一員として海の向こうの大陸に赴くはずだったのである。

(向こうから先にこちらに来たか…。何はともあれ相手を見極めなければ。報告では、向こう側は魔法以外の手段でこちら側の言語を理解したらしい。侮ることはできないだろう)

 (全員若い…。向こうも不老化を達成しているのか?)

クエーサー帝国も不老長寿を達成した文明であるため、こちらと同じ医療水準を持つ文明の可能性が高いと生物学博士は思考の中でさらに先方の重要性評価を上げる。

相手の見かけが若いからといって侮ることなどない。

(外交官殿もこの程度のことは察しているだろうが、侮らぬよう念は入れておこう。職務だからな)


 「む…、報告は受けていましたが、確かにこの飛行船からは全く魔力を感じないですな。未知の技術が使われているらしいとは聞いていましたが、実に興味深いものです」

工学博士が口を開く。

それだけではない。

フォルムが全体的に丸い。

帝国の飛行船の設計思想とは異質であることが一目でわかる。

「浮揚の魔法を用いないようですが、この船はどうやって浮かぶのですかな?」

「この船は空気より軽い固体…真空発泡ガラスの詰まった気嚢の浮力と、プロペラによる揚力の組み合わせで浮遊します」

「空気より軽い固体ですか…、そんなものがあるとは」

(空気より軽い気嚢の浮力…、原理的には昔使われていた熱気球に近いか。空気より軽い固体だけで浮力を発生させるなら、大きさの割に運べる重量は少なくなるはず。プロペラの揚力でそれを補っているのか。それでも、浮揚の魔法を用いるより、運べる重さは少ないはずだ。とはいえその固体の製法を学ぶことができれば使い道はある。大重量を浮かばせるよりも魔力を消費せず長時間浮き続けることがメリットとなる用途に用いれば…)

と、考えたところで工学博士は我に帰った。

「あなたたちの船の中を見せていただけませんかな。魔法を用いない技術の産物をじっくりと見せていただきたいのですよ」

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