百合帝国と純粋神聖クエーサー帝国・接触ーその5

「おや、彼女は?」

クリュが、ラウンジ内の美少女アンドロイドメイドをみて言った。

「あ、彼女は人間ではなく、私達の仕事を代替させるために作られた人型の機械です」

とリーリスが答える。

「とすると、彼女は人造人間ですかな?」

百合帝国の飛行船内に導かれた工学博士は声をあげた。

百合帝国では一見人と見分けのつかない美少女アンドロイドにメイド服を着せるのが一般的である。

人型機械ということは、純粋神聖クエーサー帝国では当たり前のように見られる骸骨模型に似たものであろうが、魔力を感じない。 

「私はアンドロイドと呼称されております…、そうですね、人造人間でも間違いでは無ないでしょう」

(話した…、しかも彼らの言葉ではなく、我らの公用語を! 我々の魔法技術では話せる、人間と見分けのつかない骸骨模型はまだ作れない…)

「魔法なしでどうやって制御しているのですかな?」

(骸骨魔法を動かしている魔法は、術者の精神を鋳型に制御系が構築されているが…。)

「えーっとですね…」

ここからその分野を修めているリーリスが主導して発言する。

まず最初の基本としてノイマン式のコンピューターの基礎となる演算理論をざっくりと(基本的で重要な点のみだが)彼女は説明した。

(ふむ…、要するにこの汎用人型機械は我々の解析機関の延長上の原理で制御されているわけか…。碩学院の最大の解析機関でもこれを動かす演算能力は持っていないだろうな。もし解析機関の超小型化と大容量化が実現したとして、どんなプログラムをすればいいのか見当もつかん)

思考を巡らしながら、胸ポケットに入っている恩賜の懐中時計を撫でる。

ゼンマイと歯車仕かけの純粋な機械式の時計だ。

動作そのものには魔法は使われていない。

それでも、部品には摩耗を防ぐための魔法がかかっているし、潤滑油にも経年劣化を防ぐ魔法がかけられている。

純粋神聖クエーサー帝国において、魔法は当たり前のように全てに浸透しているのだ。

無数の歯車からなる解析機関が大量に生産できるようになり社会に普及するに従い、共通する技術や生産設備の多い、かつては高価だった機械式時計も安価に高性能の物を大量に作れるようになっている。

今では、誰もが非常に複雑な機巧を組み込めるだけ組み込んだフルスペックモデルの機械式腕時計を購入することができるようになった。

博士の持つ、手巻き式で時間を表示するのみのシンプルな、恩賜の懐中時計は機械式時計が高価でそうそう手に入らない時代の名残である。

(この時計のように、魔法を用いない機械の技術の延長に人造人間が製作できるとは…、とはいえ歯車仕掛けではないだろうがな。魔法を使わない技術にこれほどの可能性があるのか…。なんたる驚異か!)

そしてリーリスの説明は、ニューロコンピューティングと量子コンピューティングへと移った。

博士はリーリスの一言一句も逃すまいと耳を傾ける。

止めなければ工学博士は知的好奇心と探究心の赴くままにリーリスを質問責めにしそうであった。

このままだとロボット工学やコンピューター科学の話だけで一日が終わるかもしれない。


 「博士、そうそう客人を質問責めにされても困ります。少しは落ち着いていただきたい。と言いますか、博士がここにいるのって異国の技術を見極めるためですよね? 人造人間だけに傾注されてもらってもなんと言いますか…」

クリュが工学博士を止めた。

「おお、そうでしたな…。とはいえ、この人造人間だけでもすごい物ですぞ。骸骨模型を制御する魔法が進歩すれば、いつかはおそらく同じ性能の物は作れるようになるでしょうが、魔法を使わず機械仕掛けのみでそれを達成しているのです…」

そして、クリュの言葉で冷静さを取り戻した工学博士は、自分が肝心なことを聞いていないことに気がついた。

「ところで、あなた方の国ではどうして魔法を使わないのですかな?」


 そして百合帝国側は、自分たちが旧惑星からこの新惑星へ転移した経緯、日本との接触、日本から得たエーテル仮説について説明した。

自分たちはエーテルのない世界で発生・進化した種族であり、魔力を感じたり操ったりする能力を持たないことも。

クエーサー帝国側の受けた衝撃は大きかった。

魔力を媒介するエーテルの存在については彼らの物理学でも仮説としてあった。

しかし、エーテルが存在しない空間がある…、もしも今後、この星がそのような空間に移動した場合、文明を支える魔法は失われるのだ。

(…、これは重要事項だな。その日本国民…、この宇宙にエーテルの無い空間があるということの証人たちにも接触して詳しく経緯を聞き裏付けを取らねば。)

クリュは心の裡にメモしておく。

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