百合帝国と純粋神聖クエーサー帝国・接触ーその2
飛行警護艇が任務についていた。
艇の大雑把な外見は、縦長の直方体に蒸気機関がプロペラを駆動する推進器が取り付けられ、後方には垂直水平な尾翼が組み合わさって付いている、奇を衒ったところのない一般的な物だ。
この艇は純粋神聖クエーサー帝国で最新世代の蒸気機関に機関を換装したばかりだった。
ボイラー内の水を加熱の魔法で沸騰させ、水蒸気の圧力でピストンを動かす旧世代の蒸気機関と新世代の蒸気機関は大いに異なっている。
水の加熱に最適化され、目的のために特化し洗練された加熱の魔法を用いることにより水を一瞬にして蒸発・気化させ水蒸気とすることによりシリンダー内で爆発と言える現象を起こし、その力で機関を駆動するのだ。
同魔力量での出力や効率が段違いに高く、ボイラーも復水器も必要ないことから圧倒的な小型化が可能な新世代蒸気機関は、旧世代蒸気機関を駆逐し置き換えるだけに留まらず、今までにない蒸気機関の新用途も生み出しつつあった。
機関こそ最新のものとなったが、浮揚の原理は今まで通りのものだ。
艇の比重を擬似的に変え、空気より軽くすることにより浮力で浮揚する、浮揚の魔法で空に浮かびあがるのである。
飛行警備艇は悠々と洋上を航行していた。
大まかに直方体のシルエットをしている飛行警備艇の下面には艦橋に相当する部分があり、そこでは複数の純粋神聖クエーサー帝国海空軍人がそれぞれの役割を果たしていた。
「方角12ー24、距離35に飛行船らしきものを発見。距離45にもう一つ発見」
艇の魔力石から魔力の供給を受け、瞑目して精神を集中し複数の種類の遠距離探知魔法を行使していた探知手が報告する。
それに続ける。
「奇妙です…大きさは飛行船ほどと思われますが魔力を感じません。近い方の船には精神の反応もありません」
彼女の言葉に、艇長が答えた。
「ふむ…、視認距離まで近づき確認する。方角12ー24に転進。速度を巡航速度より最高まで上昇。臨検隊は準備せよ」
彼の命令は速やかに遂行され、不審な飛行船の方に向かって飛行警備艇が飛ぶ。
暫くして近い方の不審船が視認距離に入った。
純粋神聖クエーサー帝国で知られている設計思想とは異なる船であることが一目でわかる。
船体のシルエットが直方体ではない。
球を前後に引き伸ばした物を二つ並べた物が基本形と言えるだろうか。
黄と黒の塗装がされており目立つ。
航行灯と思しきものが灯っているが、これも純粋神聖クエーサー帝国の規則とは異なる物だ。
それだけではない。
何条もの光線を放っている。
あの船がなんであれ、少なくともこそこそ忍び寄る気はないようだ。
「奇妙です…魔力が探知できません。あの船が魔力で動いているのなら、この距離で魔力を探知できないことは考えづらいです。無人らしく精神も感じられません」
(魔力を使わない動力などあり得るのか? それとも魔力と精神を隠蔽する技術を持っている? 無人の船だと? 全く未知の相手であることは間違いない。海の向こうの大陸の船か)
艇長は素早く思考を巡らす。
「この船はとりあえず無視する。精神の反応があるもう一隻の船に接近し、臨検を行うのだ」
そして、もう一隻の不審船が視認される。
外見は無人と思しき船と変わらない。
「発光信号送れ。『停船セヨ』『高度オトセ』」
(あれが海の向こうからの船なら、通じるわけもないが…、ダメで元々だ。向こうでこちらの意図を読んでくれるかもしれないしな)
飛行警備艇側の意図を察したのか、不審船は停船した。
(意味がわかったとは思えないが、こちらが意思を伝えようとしたことはわかったようだな。立場が逆なら、この場合なら予想される信号は『退去セヨ』『停船セヨ』『誘導ニシタガエ』とかくらいの物だろうしな)
「臨検を行う!」
飛行警備艇のハッチが開かれ、飛行の魔法を起動させた臨検隊が現れる。
今の技術では、魔法で直接物体を動かすのは、出力と魔力の間で効率が良いとは言えない。
そのために加熱の魔法で動作する蒸気機関が普及したのである。
自前の魔力だけで飛行していては、魔力が切れた場合はもちろん落下する。
高度にもよるが良くて大怪我、最悪死ぬ。
飛行の魔法を使用する際は、充填状態を確認した魔力石を(落とさないように)身につけること、万が一のためのパラシュートを身につけることが規則化されていた。
臨検隊は素早く不審船の周囲を飛び回り、ハッチを探した。
「開けてください。さもないと攻撃します!」
臨検隊の一人が、ハッチを叩き大声で怒鳴る。
不審船の中にいる者が気づいたらしく、ハッチはゆっくりと開かれた。
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