百合帝国と純粋神聖クエーサー帝国・接触ーその1
二隻の百合帝国のハイブリッド飛行船が洋上を往く。
真空発泡ガラスの詰まった気嚢を備え、反物質電池で電動プロペラを駆動して浮揚・推進する、百合帝国で一般的なハイブリッド飛行船だ。
浮力を大気より軽い比重の気嚢のみに頼る純粋な飛行船も三都市では使われているが、大きな積載量は持てないのである。
バイブリッド飛行船は換装可能なコンテナ部分には旅客仕様のコンテナを装着していた。
煌々と全ての航行灯を灯し、可視光線レーザーもそこらじゅうから放射している。
表面塗装も百合帝国の平均的なものと比べると明らかにおかしい。
蛍光性と夜光性をもつ塗料で黄色と黒の縞模様がペイントされていた。
明らかに百合帝国の感性にとって、これは警告色だ。
それに、衛星から確認された先方の飛行船にもこのようなカラーリングは見当たらないようであった。
少しでも目立つためである。
タダの領空侵犯の不審船と見做されるわけにはいかないのだ。
相手に領空の概念があるかどうかは不明だが、飛行船を運用している文明だから、おそらくあるとみなしたほうがいいだろう。
異質な文明からの友好と調査の使節であると、向こうに考えてもらいたいのである。
とはいえこれから向かう先の文明が、いかなるサインを持って友好の使者と考えるのかもわからないのである。
気休めであるがハイブリッド飛行船には大きな円の中に、目のように見える二つの点と、口角を上げて笑っている口のように見える弧を配置した、にこにこ笑う顔のように見えるシンプルなマークが大きく描かれていた。
人間の笑顔を極限までシンプルに抽象化したこのマークこそが、百合帝国で考えられた、最もシンプルな友好の印である。
先行している方の船は無人である。
いきなり撃ち落とされたりしないかの確認は取りたいのだ。
羽虫サイズの偵察ドローンを先行させ、充分に先方の文化と言語を理解してからという案もあったが、二つの理由で却下された。
一つは時間がかかるということ嫌ったためであるが、急ぎの事情があるわけでもなく、不老長寿者はなおさら急がないものなので、こちらの理由はさして大きくない。
いくら時間をかけてもいいというのであれば、先方がこちらを発見して調査団を送ってくるのを待つことだってできるのだ。
しかし、日本との接触により、この惑星には魔力という未知の力が存在することが明らかになっている。
この惑星に発生した文明と思われる先方は、魔法技術を駆使したいわば魔法文明というべき文明である可能性が高い。
魔法文明という未知と接触したいという欲求は、決定を下した大多数の評議会議員たちにとって『もうしんぼうたまらん』というべきものであった。
もう一つは、もし先方がこっそり偵察ドローンを向かわせたことに気づき、それに対し悪意を感じたらどうするのかというものである。
先方の文化によっては、もしかしたら無礼打ちだってありうるのだ。
最悪の場合、こっそり偵察ドローンを向かわせる行為を宣戦布告と解釈するのかもしれないのである。
無礼打ちから始まる異星種族間戦争などまっぴらごめんである。
ここは正面から、『我々は異なる文明より参りました使節でございます』という看板を背負って訪れようという考えが主流を占めることとなった。
飛行船のラウンジ内では3名の人物が話し合いの最中であった。
リーリスとキャロールの二名の他、もう一人の百合帝国の少女が飛行船に乗っていた。
褐色の肌と銀髪と金色の瞳が印象的な、ともすれば原始的にも見える一見毛皮に見える衣服に身を包んでいる、これも16~7歳ほどに見える少女、ガーだ。
「さて、そろそろだね。ここらあたりから、肉眼で先方の都市が見えるはず…。先方が視認できない遠方の物体を探知する手段を持っているかどうかもわからないけど、そろそろ我々の飛行船に気付くかも」
といったガーの言葉にリーリスが答える。
「衛星からの画像だと、先方は私たちと大して変わらない姿の二足歩行生物だわ。日本人も私たちとよく似た姿だったし、もしかしたら宇宙には知的生物のテンプレートのような物でもあるのかしら」
キャロールがそれに応える。
「ンー、リーリスちゃん、でも始祖の科学史において、インテリジェントデザイン説の類はほぼ否定されていたわヨ。テンプレート説にでも形を変えて復活するつもりナノ?」
「それも面白いかもしれないわ。後で考えを簡単に論文にまとめてネットで発表しようかな?」
「あら、完成したら読ませてもらう。でも、ガーたちを転移させた惑星知性のような存在もあるし、知的生物テンプレート説にはそれも組み込まなくてはならないかも?」
「ああ、ガーちゃん。その指摘は有り難いわね。…惑星知性は異質すぎてちょっと…、知的生物テンプレート説をまとめる時には例外的存在にしようかな」
「つくづくあたしたちはこの現実宇宙に対し未だに無知なままなのね。とはいえ、もしも魔法を手にすることができれば、おそらく超光速航行手段になるという考えが有力だし、そうすれば宇宙の探索も進んで知的生物テンプレート説が妥当かどうか、そのうちわかるんじゃないかなあ?」
「でも本当に魔法はガー達の物にできるんだろうか?」
「確実に魔法を手にする手段として、人倫を無視していいのであれば方法はあるという意見を読んだワ。軍事テクノロジーで優越している今のうちに日本を侵略・征服して、全ての日本人の脳髄に遠隔操作か搭載人工知能の判断で起爆できる超小型爆弾を埋め込み逆らえない奴隷にするという案ネ。もちろん新しく生まれてくる日本人にも爆弾を埋め込み、永久に奴隷種族とするのネ。日本人を我々のために魔法を使わせる、いわば魔法奴隷にするのネ」
「それ言った人、冗談のつもりよね?」
と、リーリスはちょっと引き気味になりながら口を挟んだ。
「多分本当に、そんな非道な案を実行しようなんて考えてはいないでしょうネ。しかし、どうしても我々が魔法を手にできなかった場合、使えるものに、我々のために魔法を使ってもらおうという発想自体は間違いではないと思うワ…。依頼して日本人に我々のために魔法を使ってもらうのヨ。とはいえ、報告された日本の技術レベルから考えて、数十年以内には独力で不老化や、人間によって行われた労働のほとんどを代替しうるロボット等、社会を一変させる技術に到達し、大変動を迎える可能性が高いワ。社会の舵取りを過たなければ、いずれ貨幣経済も終焉するのではないかしラ。そうなれば何を対価に支払えば良いやラ」
「そうね、うーんと、そう考えるとアリスちゃんとサヤカちゃんが日本相手に彼らに有益な提案をして、売れるうちに恩を売ったのは正解だったのかもしれないわ」
と応えるリーリスだった。
「日本もそうですが、未知の文明について語っているとそれだけで一日が終わりかねない…。ガー達がこれからいく先もまた、語ってもそうそう語り尽くせない未知が待ち構えている」
「鉄を主な建材にした都市なんて、始祖の時代から見ても私たちには前例がない。鉄資源が豊富であるというだけではなく、何らかの非常に効率的な製鉄法もあるのかも…。やはり魔法を用いたもの?。好奇心がそそられる」
さらに続ける。
「日本国は友好的でしたが、これから対面するだろう相手もそうであって欲しい」
和やかに彼女らが会話を続ける中、壁に貼られたスクリーンの表示と音声、そして脳内コンピューターへの通信により、彼らの飛行船に近づく物体があることを知らされた。
「さて、ファーストコンタクトの時間だ!」
と、ガーが高らかに音頭を取った。
始祖の時代には、外交使節を害さないことが国際社会のルールとして確立されたが、外交使節というのは本来危険な仕事であり、それ故に外交官は人から尊敬される高位高官なのである。
使者の首を切り落として塩漬けにして相手に送り宣戦布告とするような文化も記録にはあったのだ。
彼女らには精神を鼓舞する必要があるのであった。
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