日本と百合帝国・百合帝国側の雑感

 アリスとサヤカは百合帝国への帰路につくヘリコプターの中、体を寄せ合い座席に腰掛けていた。

「流石に何時間も中身の詰まりまくった濃ゆい対話をすると疲れるねー」

「サヤカちゃんあったかくてぽかぽかで疲れが癒されるわー」

「アリスちゃんもあったかいよー」

「「うふふふふーっ」」

顔を見合わせて微笑む。

全感覚対応の完全な仮想現実が当たり前のものとなっている世界においても、実際の現実にそばにいてくれる他人の温もりはどこか特別である、少なくともアリスとサヤカはそう思っていた。

アリスにとって、前世の記憶が蘇った最初の時期には、このような百合帝国文化でのスキンシップは顔から火が出るほど恥ずかしいものだった。

しかし今では帝国の文化にすっかり馴染み、百合帝国風スキンシップを当たり前のものとして受け入れている。

ずしり。

頭が重い。

サヤカが凄まじい爆乳を、アリスの頭の上に乗せたのである。

見た目が幼く華奢で小さいアリスと、18歳程度の印象を受ける容貌で、完璧な形の胸と腰がバンと張り出し太ももはむっちり、その癖ウェストなどといった要所はあくまで細い、アリスの倍の背丈のサヤカ。

対照的な美少女の二人。

地球人が体を寄せ合い座る彼女たちを見たなら仲の良い美少女姉妹が戯れていると思うかもしれない。

しかしこの場で彼女たちを見つめるのは二体のアンドロイドメイドだけだった。

「うーみゅ」

「うきゅー」

互いに頬を擦り寄せ感触を楽しむ。


 「それで地球人だけど」

サヤカが口を開いた。

「うんうん」

「魔力が使えるなんて驚きだわ。魔力なんていうものが宇宙に存在していたのもそうだけど」

「そうね、私たちには魔法の力は無いみたいね…残念だわ」

日本人だった前世の記憶を持つアリスにも新惑星で魔力などというものは感じられない。

前世の彼女に魔法の素質があったにせよ、それは百合帝国人に生まれた時点で失われたのだろう。

彼女は前世で魔力を感じたことはなかったので、失われた魔法の素質を惜しむこともなかったが、魔力という未知の力を感じ取ることのできる地球人を羨む気持ちは微かに芽生えていた。

「彼らも魔法を手にしたのはつい先日のことなのね。今、彼らが魔法でできることは、火と石器を手にしたばかりの原始人レベルと思ったほうがいいわ。これから魔法の応用研究は飛躍的に進歩するんじゃないかしら。日本文明は飛躍の時代を迎えることになるわね」

アリスは思いついたことを口にする。

「魔法が国家ごと異星に転移という現象を可能とする以上、進歩した魔法はいつか超光速航法の手段となることは間違いないと思うわ。私たちもなんとしても魔法を手にしなければ…。百合帝国は恒星間宇宙に進出し星間国家になるの。素敵な未来じゃない?」

「日本に研究拠点として無事大使館が開設したら、早速日本人研究を始めないとね。日本は貨幣経済の発達段階の社会みたいだし、日本の通貨で報酬を払って人を募れば被験者は来てくれるでしょうね」

百合帝国において超光速航法手段は未だ発見されていないのである。

彼女らが知性増強により獲得するものが増えつつある念動能力は、作用反作用の法則を用いず、推進剤を消費せずに宇宙船を推進させることのできる有効な手段とみなされていた。

精神感応能力は超光速通信手段として利用可能であることが実験で確認されている。

精神感応能力は超光速現象なのだ。

惑星知性は何らかの精神的能力により、百合帝国を大陸ごと異星に転移させている。

それから考えると、このまま知性増強を続ければものを瞬間移動させる能力者も現れる可能性が高い。

そうなれば超光速航法に手が届く…それが百合帝国での共通認識になりつつある。

しかしこれらは全て実用化されていない。

宇宙船を動かせるほど強力な念動能力はまだ確認されていない。

精神感応能力は今の所、有効距離が、都市間の通信すらできない程度だ。

瞬間移動能力はそもそもまだ確認されていない。

機械的に能力を増幅する方法がないか研究はなされているが、未だ芳しい成果を挙げていなかった。

「魔法を手にしてそれが充分に進歩して、超光速航法が可能になるのと、能力研究が成果を挙げて超光速通信が可能になるのとどちらが先か、わかんないけどね」

アリスはそう呟き、そして、

「でも魔法の可能性はとてつもなく大きいわ。そしてそれはそのまま日本文明の可能性でもある。私たちの可能性になるかどうかはまだなんとも言えないけどね」

と付け加えた。


 「地球の文化コンテンツは魅力的ね」

サヤカは地球文化へと話題を変えた。

「そうね、日本は他の国にさまざまな娯楽を輸出して高い評価を受けているって日本紹介で言ってたし」

「創作者の原動力は儘ならない現実への怨念、だったかしら。芸術の持つ言葉にできない力というべき何かが、種族として知性増強を繰り返しているにもかかわらず始祖人類の時代に比べて減退しているという説が形を変えて唱え続けられているもんね」

「日本側は私たちへの文化コンテンツ供給に乗り気だったみたいだしね。サヤカちゃんは嬉しいよね?」

「嬉しいわ。単純に日本の娯楽コンテンツは私たちを楽しませてくれるでしょう。それに三都市の創作者たちに良い刺激になるかもしれないし」


 「あと、…日本の軍はどうかしら」

「核兵器を持ってないなんて論外よ! 地球の技術水準ではおそらく核兵器は、当面の間、究極の抑止力となるはずなのに、どうして日本は核兵器を持っていないの?!」

アリスは強い口調で返した。

前世で彼女は、日本は抑止力として核兵器を所持すべきだという考えを持っていた。

なんなら大学で然るべき学問を修めた後には、自分がその研究開発に関わりたいとすら思っていたのである。

どうにも自衛隊が核兵器を所有していないことが彼女は不満であった。

「それに日本の軍隊には原子力推進艦艇を持っていないそうね。潜水艦ですら酸素を必要とする内燃機関だなんて、原子炉を作る技術があるのに潜水艦を原子力化してないなんて馬鹿なの?」

「輸送艦が10隻くらいで核兵器もないなら私たちの脅威には多分ならないからいいじゃない。日本人が何考えてるかなんて私知らないけど」

「まぁ、そうなんだけどね」


 ヘリコプターが百合帝国に帰還するまで、彼女らは日本の話題で盛り上がっていた。

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