天恵ーその2

 転移により日本が失った物は大きい。

確実に後退し衰退するだろう。

しかし亡国の危機は免れたようだ。

そう会議室にいた日本人たちは判断した。

少なくとも食料や燃料を配給制として、それでもまだ足りないということはなくなるのだ。


 サヤカが口を開く。

「地球人種族が独立独歩と完全な自立を一時的にでも失うことは受け入れがたく、文明の後退はやむなしと考えられるのならこの指出がまじい提案をした無礼は謝罪いたします」

「いや…、ありがたい提案です。しかし、核融合炉は売却ではなくレンタルなんですね?」

和夫が答える。

「私たちの価値観として、知的種族の文明は他の知的種族の文明に存続を依存することはあってはならず、完全に単独でも存続・発展可能であるべきなのです。他の文明に存続を依存し続けることに甘んじるなら、それは家畜文明と言うべきでしょう」

「家畜文明…、手厳しい言葉ですね」

「家畜文明という言葉がお気に召さなければ、愛玩動物文明というのはどうでしょうか?」

「家畜に落ちぶれないよう肝に命じましょう」

(異なる文明間で対価を払って必要物資を輸出入するのは依存ではなく共存だがそれも彼女らは好かないかもしれない。グローバル化も好みじゃないのかもしれないな)

頭の片隅に書き込む。


 アリスが提案を続ける。

「ここから先は、地球人種族に対する不必要な干渉と影響に含まれるかもしれないし、私たちに利益があるわけでもないので、評議会に却下されるかもしれませんが、医療に関して人道的援助が可能かもしれません。…確実ではありませんんが」

「医療分野の援助? 具体的にどのようなものでしょうか」

「皆さんの医療分野の最先端のテーマは癌治療と不老・若返りといったところですね。皆さんが癌と老化を自力で克服するまでの間、私たちは癌の特効薬と老化防止の特効薬を地球人に合わせてデザインし提供することができます。若返りの措置を行う設備もレンタルできます。…評議会が許可すればですが。」

『アリスちゃん、不老と若返りの提供は過度の干渉にならないかしら?』

サヤカが脳内コンピューターを通じ、声に出さずにアリスに語りかける。

『そうね、不老と若返りは私たちの歴史でも社会への影響は大きかったわ。でも、老化を死病の一種と捉えるなら、その治療は人道的援助の対象にならないかしら。推定される彼らの生命工学の技術レベルから考えて、彼らの手が不老と若返りに届くのはどのみち時間の問題だと思う。どのみち、そのうち大変動を迎えるわ…、ちょっと手助けして死者の数を減らすだけよ』

『私たちに不利益がないのは確かだから反対はしないわ。癌の治療は問題ないでしょう。不老と若返りは評議会を通るかどうかちょっとわからないわね。アリスちゃん日本文明に対してずいぶんよくするのね?』

『…まあ、地球人は好感の持てる種族のようだしね』

アリスは誰にも秘密にしているが、彼女が日本に対し強く好意的なのは前世の記憶のためである。

(前世のお父さんとお母さんへの親孝行になるわ)


 彼女らの声に出さない会話をよそに、会議室にいた日本人達はざわめいた。

「これは…少子高齢化が一発で解決するんじゃないか?」

「年金制度はどうなるんだ? 廃止か?」

「若返りは、要介護や認知症も治せるのか?」

「いや、待て。向こうの政府で許可が出たらの話だそうじゃないか。ぬか喜びになるかもしれん」

少し考えただけでも、不老と若返りが社会に大きな変化をもたらすことが想像できた。


 サヤカは再び日本人達に語りかけた。

「そして、私たちから皆さんに頼みたいことがあります」

日本側は身構える。

「私たちも地球人が持つ、魔力を感じ、操れる能力が欲しいのです。そのためには地球人を研究することが必要です。そのため私たちの研究拠点として日本に大使館を開かせていただきたいのです。大使館で日本人を集めて研究します。日本の政府にそのための土地を提供していただきたいのです。他には日本で行動するため必要となるでしょう日本の通貨も、日本側で融通して欲しいのです」

百合帝国側からの要求はそれで終わった。

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