日本と百合帝国・日本側の雑感
和夫と美香は護衛艦の会議室で報告書を作成していた。
「とんでもなく綺麗な人たちでしたね」
と美香がいう。
彼女は美容への関心も強く、百合帝国人の美貌には心打たれていた。
「そうだな。報告書にそれが必要かどうかはともかく」
「遺伝子操作で種族ごと皆んなで美少女になった人たちでしょう? 必要ですよ」
「俺は宇宙人と地球人の審美基準が大して変わりないことの方がビックリだよ」
思考を促進するために、この場においては、どんなくだらないことでも思いついたことは全て口にすることがルールである。
「そんなこと言って、あの大きい方…サヤカさんなんか物凄いプロポーションじゃないですか。男の人なら惹かれなかったんですか?」
「そうだな、男性の妄想を実体化させたようなスタイルだとは思うが…、妄想を具現化するとあんな身長と頭身になるのか。部屋の天井に頭がつくんじゃないか? いくら超絶美少女でも歴史に残る巨漢レスラー達より背が高いんだぞ?」
「スーパーモデル身長なんですよ」
「スーパーが過ぎるわ」
「アリスさんは、ちっちゃくて可愛くてお人形さんみたいでしたね」
「生きてる等身大ドールとしてドールオーナーの人に拐われるんじゃないか? っていうかあれで成人だなんて、なんというか宇宙人だな」
「最近ではそのくらいの発言でもドールオーナーへの差別と偏見を助長するなんて言ってくる輩がいますからね?」
「じゃあオフレコで」
「何にしろ友好的な相手でよかった」
「支払う対価はありますが、エネルギーに食料、もしかしたら癌の治療と不老長寿も手に入るかもしれないですからね」
「対価なしで恵んでやるとか言われたらかえって怖いし何というか嫌だし、それに、こちらに手に入るものに比べれば驚くべきお得な価格だろうな。先進技術の移転も受けられれば日本の利益はとんでもないことになるが…」
「癌の治療も不老長寿も、こちらが自力で克服するまでの援助、ですし、種族単位で文明が崩壊しない程度の手助けはするが後は自分たちでやるべきだという考えなんでしょうね」
「国際分業とかグローバル化とかにも一切関心がないみたいだな。まぁ、別種族だしな。上の方が変な欲をかかないよう、報告書でも強調しないと」
「とはいえ百合帝国というか百合帝国との交流はそれでも技術的な価値はあります。何を研究開発すればモノになるのかの指針くらいにはなりますから。技術移転はしてくれなくても、使ってるテクノロジーの動作原理くらいは聞けば教えてくれるでしょう」
「…若返りが日本に入ってくれば、十代のぴちぴちお肌が取り戻せるのは個人的に魅力ですねー。アリスさんとサヤカさんが評議会になんとしても話を通してくれるよう祈るばかりです」
「政府は要介護老人を優先すると思うし、その次も高齢者からになるだろうから、実現しても君の番は後になるな」
「兵器に関する報告は重要ですよね。軍事力は外交力に直結します」
「ざっと聞いたところで、火薬式の火器は骨董品。主流はレールガンとレーザーだそうだが。まぁ、掠っただけで当たったものを分解する謎光線とかじゃないだけマシかな。報告をどう考えるのかは防衛省の仕事だが」
「火薬式でもレーザーでもレールガンでも当たりどころで人は死ぬでしょう。大した違いはないかもしれませんね」
「誘導兵器は凄い水準らしいな。技術格差を考えれば当然だが」
「蝿サイズの対人ミサイルなんてものを作れるんでしたか。推進剤と炸薬は電子励起されたポリ窒素…ってどれだけ技術格差があるのかよくわかりません。文系ですので」
「正確に報告しさえすれば防衛省の技官が判断するさ」
「あのヘリコプターも、地味に凄いことを言ってましたね。性能を聞いてみたら、速力こそ普通ですが、自動操縦、燃料は反物質電池で電動で惑星を軽々と何周もできるくらいの航続距離だそうですからね」
「反物質を電池に使うなんて、反物質爆弾も作れたりしないか?」
「良くも悪くも、他種族への干渉を好まない種族のようですから、向こうから攻撃してくる可能性は低いでしょうが、備えるべきは相手の意志ではなく能力というのは鉄則ですからね」
「主に旧惑星に生息していた巨大飛行怪獣に対応するため戦闘爆撃機も持っている、と。推進剤は、これも電子励起されたポリ窒素を用いるロケット機で、衛星軌道上まで上昇してそのまま惑星の反対側まで飛んで任務遂行可能の無人機。武装はレーザーもしくはレールガン選択可であとはミサイル。」
「自衛隊の装備で対応するのは難しそうですね」
「一ヶ所の空港に全ての空軍力を集中させることを嫌って、分散のために空母も保有してると言ってたな…人工知能制御の無人艦の地上空母と仙水区空母」
百合帝国の兵器開発チームが作りたかったから開発したのがその理由だと、会議室でアリスは苦笑いしながら語っていた。
百合帝国の文化を当たり前のものとしているサヤカと異なり、アリスには兵器というものは実用のために最適化されて開発されるものだという日本人の意識が残っていた。
百合帝国の国防管制人工知能は、開発チームから押し付けられた潜水空母について、空母が潜れても大して意味はないからそれは忘れて水上艦の空母と同様の運用をしているそうである。
地上空母は実際に動かすとそれだけで地面に大ダメージを与え、せっかく砂漠に植林して整えた人工的自然を盛大に破壊するので、動けることは忘れてコンパクトな空軍基地として使われているとのことだ。
「他に海は、潜水可能な汎用無人戦闘艦を用いてる、と。想定している主敵は巨大海洋怪獣。主な武装はレーザー砲とレールガン、ミサイル垂直発射機、あと水中ミサイル発射管」
「水中ミサイルって魚雷じゃないんですか」
「それは知らないけど、技術格差から考えてなんか凄いんだろう」
「そうですね」
(なんか頭の悪いセリフね)
「陸は…、百合帝国の美少女アンドロイドは有事には兵士プログラムが作動し武装して、国防管制人工知能の指揮のもとにロボット歩兵となる。数は一人一台美少女アンドロイドメイドがサポートとして所有されていて、家事手伝いから無聊を慰める遊び相手から研究創作の助手まで行っている」
「どれだけ美少女が好きなんだ百合帝国人は…。あとは常時武装している美少女アンドロイド歩兵。彼女らに人間の将兵はおらず、将も人工知能なら兵器も人工知能制御の自律兵器。あとロボット歩兵。戦争は全部機械がやる仕事、と」
「他には、これも技術者チームが作りたいから作った巨大美少女型戦闘アンドロイドでしたか。一応技術格差を実感してもらうためには報告書で強調しておきましょう。とはいえ兵器としては国防管制人工知能がシミュレーションを繰り返した結果、有効な使い道が何もなかったので、分解するのもせっかく作ったのに勿体無いからという理由で彼女らの都市に飾られているとかですか」
美香の脳裏に苦笑いしながら語るアリスの顔が浮かんでいた。
「見栄えはするから式典の際、儀仗兵がわりにはなっているって言ってたじゃないか」
「それは兵器として役に立ってるとは言いません」
「とりあえず相手の軍事について報告書に書くことは大体まとまったかな? 口を回すと頭も回る」
和夫は受験時も、覚えなければならないことは口に出して覚えることにしていた。
彼にとって教科書だの参考書だのと言ったものは音読して頭に入れるものなのだ。
「手を動かしても頭は動きますよ」
「む」
「次に相手の最新の科学研究のトレンドをまとめないとな」
「これ、書いて信じてもらえるんでしょうか。魂魄の存在証明とその計測手段の確立。精神的能力の増幅法と応用法。魂魄・精神的能力の宇宙論への組み込み。精神的能力って訳されてますけど要するに超能力ですよね? スピリチュアルですねー」
「超能力は、遺伝子操作による知性増強の結果覚醒する人間が現れ始めたそうだから、インチキとかではないんだろう。日本人もいつか、人工的に知性を増強するようになり、超能力に覚醒するのかもしれない。日本人は魔法と超能力の両刀使い種族となるのだ」
「百合帝国人は魔法を使えないそうですから、彼女らが結局このまま魔法が使えないままだったら、魔法の利用法を確立した私たちは百合帝国人の文明を追い越せますね」
「未来の話だがな。それに彼女らにも魔法を手にしようという意志はあるようだからなんともいえん。精神をコンピューターにアップロードする研究で、理論的に正しいはずなのに失敗を繰り返し続け、生物には魂魄と呼ぶべき特別な何かがありそれは複製不可能であるという仮説が立てられた。今の所、考えられた全ての計測機器で魂魄は測定されていない…か。SFなのかスピリチュアルなのか…」
「全ての労働と老いと病から解放された世界。ユートピアかな?」
「でも、所々にディストピアの匂いも感じられたりするんですよね。人工知能が国民の生殖を管理するなんてそれなんてディストピア、ですよねー。政府の人工知能が適切な人口増加数を計算し受精卵を合成して人工子宮で出産だなんて」
「不老長寿で天敵の無い種族に無制限の生殖を許すわけにはいかないんだろう」
「人工知能により維持され治安が保たれる社会ってとこも、ほのかにディストピアの匂いがします。巨大コンピューターにより管理される社会なんてのはディストピアの定番ですよ」
「労働も貧困も無い世界で犯罪を犯す動機は最初から非常に少ないから住民の気にならないんだろう」
「完全に管理されたユートピアで過ごすうちに生きる気力を失い堕落する人々! 嗚呼! ディストピアなるかな!」
「アリスさんとサヤカさんは無気力には見えなかったが…。今の所百合帝国の人たちで曲がりなりにも日本人が知っている相手は二人しかいないわけで、それはなんとも言えん」
「まぁ、ユートピアとディストピアは結構紙一重のものかもしれませんね」
喋ることにより思考を回した彼と彼女は、そして報告書をまとめ終えた。
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