第43話青ちゃんとデート 前


 全然寝つけなかった。

 鏡で自分の顔を見ると、うっすらとクマができていた。


「服、大丈夫かな。デートコース、あれでいいのか……?」


 街を熟知しているせいで、あそこに行ってここに行って、と頭の中で考えはじめたらキリがなかった。

 ワンチャン、セックスあるのでは? みたいなことを考えたら、興奮してまた目が冴えて……買った服変じゃない? ってさらに気になりはじめて、ベッドの中で延々と悩むはめになってしまった。


 買ったばかりの一張羅を引っ張り出し、袖を通して顔を洗う。

 待ち合わせ時間は、何も言ってないのでいつも通りのお昼前だろう。

 これは、クエストを探しに行く時間だ。

 この時間なのは、青ちゃんが深酒しがちで、朝まったく起きれないからである。


 ぺしぺし、と両頬を叩いて気合を入れた。


「よし」


 宿屋の前で待っていると、窓から俺が見えたらしく「もうちょっと待っててねー!」と上のほうから青ちゃんの声がした。


「あ、はい」


 自分でもわかるくらい声が固い。

 ほぼ毎日一緒にいるのに。

 デートってなると、緊張してしまう……。


 ああしたらこうして、こうしたらああして、とデートシミュレーションを脳内で繰り返しながら、出入口をうろうろしていると、青ちゃんがやってきた。


「お待たせ」


 おぉ……オトナの女の人だ……!

 ひざ丈のワンピースを着ている青ちゃん。腕や胸元がシースルーになっていてちょっとセクシーだ。

 髪の毛はポニーテールにしてまとめていて、小さな鞄を手に持っていた。


 イブニングドレスっぽくて、でもそこまで堅苦しくない雰囲気。


「行こっか」


「はい」


 俺たちは並んで歩き出す。

 普段なら「どうー? 似合ってるー?」って聞いてきそうなもんだけど、今日はそれがない。

 ガッツかない、ほしがらない――こ、これがオトナの余裕ってやつか。


「その服いつ買ったの?」

「い、いつでもいいでしょ」


 慌てて買ったってバレたらなんかダサいので黙っておこう。


「ふうん」


 と、青ちゃんは、俺を上から下まで二往復して、にっこりと笑う。


「いいじゃん。カッコいいよ」


 ……死――……死ぬ……。


 笑顔の輝きがエグくて吹き飛びそう。


「いやいやいや、まあまあまあまあ……はい、ありがとうございます」

「ふふ。調子出てきたね」


 楽しい……。

 デート開始五分で、もう楽しい……。


 もしかすると、青ちゃんは案外普通の服装でやってくるかもなーって思っていた。

 でも、そうじゃなかった。

 きちんと、真正面から俺とデートしてくれるんだなっていうのが、服装で見てとれた。

 俺はそれが嬉しかった。


「先生も――」


 続けようとすると、おほん、と青ちゃんは咳払いする。


「青ちゃん」

「はい?」

「なんでもいいけど、今日は、私、先生じゃないので」


 キリっとした顔で、オンとオフ分けてますよ感を出す青ちゃん。


「呼び方は、先生以外でプリーズ」

「じゃあ、中林さん」

「なんでっ!? 一番距離感じる呼び方じゃん!」


 お互い一連のくだりにくすっと笑ってしまう。


「私のこと、青ちゃんって呼んでるんじゃないの?」 


 なんでそれを。


「まあ、そうですけど。……いいんですか?」

「うん。いいよ」

「じゃあ、青ちゃん」

「……っ」


 青ちゃんが、慣れない呼ばれ方にむずむずしていた。


「今日の服、大人っぽくて素敵です」

「ほんとっ!? やった!」


 わぁい、と喜ぶ青ちゃんだったけど、すぐに顔を振って元の表情に戻した。


「まあうん、まあまあまあ、うんうん、そんなもんでしょう」


 もしや、青ちゃん、大人ぶってるだけでは。

 デートだからって、大人の貫禄みたいなものを出そうと必死なのでは。


 それがわかると、この態度もまた可愛らしい。


「その服、いつ買ったんですか?」

「内緒」


 知らない間に服が増えていることは多々あるので、余所行きの良い服はあらかじめ買っていたんだろう。


「どこに向かってるの?」

「街の広場にある英雄像を」

「ほ、ほう……?」

「見に行こうと思いましたけど、つまんないだろうなと」

「うん。だと思う」

「なので、青ちゃんが喜びそうな、飲食店街をまずは」

「ほほう」


 ちょっとだけ目が輝いた。

 ここは王都なので、様々なところから食べ物、飲み物が集まってくる。


「利き酒などいかがかでしょう、お嬢様」

「えぇ~! 超ぉ~良い~!」


 テンションが上がってギャルみたいになる青ちゃんだった。


 最初の店で、甘いお酒や辛口のお酒、スッキリしたお酒などを、ちびりとやって青ちゃんはご機嫌になる。

 こっちの世界にしかないお酒もあれば、向こうの世界と同じものもあった。


「あっ、全然風味違う。こっちもありだね」

「楽しんでもらえてるみたいで良かったです」

「色んなの飲めていいね」


 うんうん、と上機嫌にうなずく青ちゃんだったけど、はっと何かに気づく。


「違うじゃん!」

「はい?」

「私が今日は湊くんを励まそうと思ってたのに、私がもてなされてるじゃん!」


 そうだったのか、そんなつもりで……。


「じゃあ、次は私の番ね」

「どこ行くんです?」


 酒屋をあとにして、青ちゃんは意気揚々と歩き出す。


「お肉屋さん。良いお肉がたくさん食べられるところ」

「おぉ……!」

「湊くんって、お肉大好きでしょ。いっつもモリモリ食べてて、でも、私がお金出すからちょっと遠慮してるっぽいし」


「よく見てくれてますね」

「でしょ」


 思い返すと、俺がたくさん食べているところを見て、青ちゃんはニコニコ見守ってくれていた気がする。


 ステーキハウスにやってきて、「今日は本当に遠慮しなくていいからね」と青ちゃんが念を押す。

 そこまで言うなら、と俺は気になった肉を注文しはじめた。

 青ちゃんが一枚食べている間に、俺は二枚、三枚と平らげていく。


「はぁ~」

「……青ちゃんがお酒飲んでるとき、俺はそういう気持ちです」

「あぁ、なるほど」


 口元に手をやって、ふふ、と上品に笑う青ちゃん。


 俺が肉を食べているのがそんなに嬉しいのか、青ちゃんの頬はずっと緩んだままだ。


「人が食べているところって、そんなに見て楽しいですか?」


 大食い動画好きなタイプとか?

 青ちゃんは、注文した赤ワインのグラスを揺らしながら、頬杖をついて俺を眺めている。


「うん。なんかさ、ワンコが無邪気にいっぱい食べてるみたいで、可愛いなぁって」

「そう、ですか……?」


 可愛いは褒め言葉なのか?

 でも、青ちゃんにそう言われても嫌ではない。


「育ち盛りですって感じで、私にはないパワフルさがいい」

「まだ全然食べられるので」

「すごーいっ。やっぱ、いっぱい動いて戦うからかな」

「関係あるような、ないような?」


 それからさらに二枚食べた。

 さすがに満腹になったので、店を出た。


「さっきの支払い、私がしても良かったのに」

「いつも出してもらってますし、それに今日は俺が誘ったデートなので」

「あっ……そっか。……ありがとう」


 てへへ、と青ちゃんが照れたように笑う。

 それから俺たちは街を散策した。


 熟知している俺はともかく、よく知らない青ちゃんは、ゆっくりと見て回る時間がなかったのだ。


 いつもの癖で装備屋の前を通りがかると「カップル冒険者、今日はデートかい?」と顔なじみになった店主に冷やかされる。


「そうです」と青ちゃんが開き直って答えた。


「いいねえ、若いってのはよぉ」


 会釈して俺たちは去っていく。

 姉と弟に見えてるわけじゃなくて良かった。

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