第39話古城の魔術師アンバー3
アイザックは、膝をついたまま呆然としていて、もう戦力にも標的にもならない。クロムは気絶しているようで、こちらもアンバーのターゲットにはならないだろう。
「余裕ぶってますけど【猛毒】はこの間もずっとダメージを与え続けてます。アンバーのHPはさほど高くありません。じきに焦りはじめますよ」
アンバーが【スラッシュ】のモーションで一秒ほどタメを作って放つ。
半円型の大きな攻撃スキルが飛んでくると、俺は青ちゃんを抱え「糸」で天井のほうへ移動する。
スキルが壁に巨獣の爪痕のようなものを残した。
「面倒ね、本当に」
やれやれといった様子のアンバーが、アイテムを使った。
<アンバーが[毒消し]を使い[猛毒]が治った>
【出血】も【火傷】も効果時間はランダムで、これらもすでに治っていた。
「羽虫みたいに飛び回って、どうするつもりなのかしら」
「羽虫じゃなくて毒虫だ。……針に気をつけろよ」
「アハハハハ! 味方の援護がないと近づけないくせに。弱虫の間違いでしょう?」
「み、湊くん、上手いこと言われちゃった……!」
一本取られた、と青ちゃんが勝手に負けを認めている。
「いいんですよ、そんなのどうでも」
アンバーのHPは半分を切るかどうかというところ。
みんながいたさっきとは状況が違う。
ここからさらにダメージを与えるとなると、よりリスクが伴う。
「けど俺ができることは限られている。――先生、タイミングを見て【邪法】を」
「わかった」
俺は足場を見つけて青ちゃんを下ろす。
そして、アンバーに再び接近を試みた。
「どうせ近寄れないわ」
杖を軽く振ると、足元に魔法陣が浮かんだ。
あれは――!
【クロスファイア】――交差された炎柱が前後左右を囲む、攻防一体のスキルだった。
威力は高くないのでゴリ押しで接近する方法もあるが、俺が触れていいはずがない。
ブレーキをかけて、接近をためらった。
「近距離戦の想定もしてるのよ。ちゃんとね」
「はァ? 当たり前だろ。玄人プレイヤーナメんな。俺に感謝しろよ」
「はァ?」
不審そうにアンバーは整った表情を曇らせる。
まあ言ってもわからないだろうな。
「……ミナト、あんたの狙い、なんとなくわかったぜ」
【クロスファイア】の隙間を縫って、魔法の矢がアンバーの肩に直撃した。
「さっさと逃げればいいものを。バカなの?」
意に介さないアンバーは、侮蔑の視線をアイザックに投げかけた。
「そうかもな。けど、一緒に戦ってきた幼馴染がやられて、尻尾撒いて逃げてちゃあダメだよな」
俺の狙い……。
たぶん、わかってるっぽい。――けど、そうじゃない。
そうまでしてターゲットを取ってほしいわけじゃない。
「アイザック! もういいんです! 離脱を!」
「よかねえッ! 死にたいわけじゃねえが、仲間殺したやつに背をむけて逃げるような生き方はしたくねえってだけだ」
クスクス、とアンバーが癇に障る笑い声をこぼす。
「その半端な志が、おまえを殺すのよ」
「上等だよ。やってみろ、クソ女」
「ッ――! 望み通りに!」
【クロスファイア】がやみ、【ソードランス】の発動モーションに入った。
「なんでこんなことに――!」
俺は悔しさを噛みしめ、一気に距離を詰める。
こうなったらやるしかない。
青ちゃんの【邪法】が発動し、俺はどちらのプランで行くか一瞬悩んだが【盗賊の嗜み】を使った。
<アンバーから[ポーション]を盗み、SPに33のダメージを与えた>
ザザザザザッ。
数本の攻撃魔法が、アイザックに向かって放たれる。
回避しようとするアイザックの背中に一本が直撃し、肩を、太ももを、腕を魔法が貫いた。
一瞬後には、ぼろぼろになったアイザックが、やりきった笑みを残して消えていった。
「っ……」
青ちゃんが唇をかみしめる。
もう、俺と青ちゃんだけだ。
間髪入れずに【クロスファイア】で周囲を固めるアンバー。
もう少し。もう少しなんだ。
あと一回の接近で、事は成る――。
クロムがいれば……。
盗んだポーションを俺がクロムに使って……。
いや、けど、起こしてどうする?
【素早さ】が低いんだ。的になれって言ってるようなもんだぞ。
ゲームなら、効率的にああしてこうしてと、そんな勝利の方程式が思い浮かぶ。
でも…………できない。
リアルな生死をかけた戦闘で、勝つための踏み台になってくれとは言えない。
「湊くん、あれ」
青ちゃんが指さした先には、クロムがいた。
腕がゆっくりと動き、所持品からポーションを取り出し、口元に運んだ。
そして、ガシャン、と傷だらけの盾を杖のようにして、クロムは立ち上がった。
「……なんなんだよ、これはよぉ」
「クロム、パーティは全滅です。退避してください! 俺たちも隙を見て離脱するので!」
後半は嘘だったが、クロムは聞こえてないようだった。
「ウェンディもクエンティンもアイザックも、たぶんデミルも逝っちまった。片手で数える年の頃からからずっと一緒だった仲間を、ゴミみたいに消されて、何もしねえわけにはいかねえんだよ」
うわごとのようにつぶやいて、ガチャン、と盾を構えて一歩一歩進みはじめた。
「ミナト、おまえが言った情報を信じて戦うぜ」
「死にたがりに何を言っても無駄よね。弱いのは罪よ、本当に。なんて可哀想なのかしら」
俺は、敵に同情するのは、最大の侮辱だと思っている。
強者であるがゆえの上から目線。
許せない。
「クロム! もういいんです! なんでそんな真似――」
「決まってる。このクソ女に、吠え面かかせてぇからだよ」
ゲームなら、諦めてリトライ。それか逃げる状況なのに。
けどクロムにはそれが、仲間への手向けであり、意地なんだろう。
「身を固めることしかできない鈍足のダンゴムシが、私に吠え面を? フフフ。それは楽しみだわ」
クロムは前進しながら【セイントフォース】を使い、攻撃に備える。
「オレぁよ、ミナトの戦い……アークバイソン戦を見て、初期スキルは使い込めば結構良いスキルになるんだなぁって気づいたんだ」
「死人が何をゴチャゴチャと」
アンバーが【スラッシュ】を放つ。
だが、バフと持ち前の防御の高さでクロムはダメージを受けながらも、どうにか堪え、また一進む。
【クロスファイア】が途切れた隙をついて、俺は【盗賊の嗜み】を発動させた。
<アンバーのSPに33のダメージを与えた>
「これで近寄れないでしょう!?」
アンバーは、嗜虐的な笑みを浮かべて、前進するクロムを阻むように【クロスファイア】を再び発動させた。
「今さらなんなんだってんだ」
だが、クロムは止まらない。
一歩一歩、ゆっくり着実に距離を詰めていった。
その間もダメージは継続して受けている。自慢の盾が溶け、甲冑が熱を持ちはじめていた。
「使えねえと思ってた初期スキル、使い込んでよかったよ、本当に」
【聖騎士】の初期スキルの最上位版【盾持ちの矜持】をクロムは使った。
一定の範囲内にいる対象の【防御】【魔防】を大きく上げ、その反面【素早さ】が下がる効果があるスキルだ。
これには明らかな意図が見える。
俺はそのメッセージを受け取った。
【盾持ちの矜持】は、アンバーに使われていた。
「私に……? ここにきてミス!? なんっっっって愚かな! アハハハハハ!」
クロムの後ろから飛び出した俺は、一気にアンバーに向かって走り出す。
クロムがニッと笑みをのぞかせる。
「クソ女、おまえは倒す順番を間違えた。一番危ねぇやつを残しちまったんだからな」
本来【クロスファイア】で接近できないはずが、途切れていた。
「っ――?」
不審げにアンバーが眉間に皺を作る。
【クロスファイア】は途切れたんじゃない。出せなくなったんだ。
やっぱり、アイザック同様、クロムも俺の考えをわかっていた。
アンバーのSPがあと少しで尽きることを。
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