第38話古城の魔術師アンバー2



「【出血】効果が切れたので、また【邪法】をお願いします。SPポーションがあるので、強気に攻めます」

「了解!」


 ぐいっとSPポーションを呷って回復する。

 俺がもしアンバーならどうしただろう、と少し考えた。

 意味のないことだが、どう立ち回れば効率が良いだろう、と。もうクセのようなものだった。


 もし俺なら、一番ウザい【盗賊】を全力で潰す。

 異常状態も鬱陶しいが、何よりも、不確定要素を孕んでいるのが【盗賊】だからだ。

 スペックで圧倒できるから他の面子は後回しにする。

 でも、そんな雰囲気はないな。


「糸」で再び俺はアンバーに接近していく。


「その程度で防いだですって? 笑わせてくれる!」


 激高したアンバーが狙ったのはウェンディだった。

 人格を持っているアンバーと俺がプレイするアンバーじゃ別物ってことか。

 前者には個人の感情がある。自慢の攻撃魔法を防がれたことが、癇に障ったのだ。


「ウェンディ、オレの後ろに!」

「指示しないで! わかってるわよ!」


 システムと違い、感情のあるアンバーはウェンディを攻撃対象に選んだ。本来俺がタゲを取るはずだが、こうなったら援護するしかない。

 おかげで、俺は無警戒。


 俺なら一番警戒する【盗賊(おれ)】が、フリーになった。


 アンバーは【ソードランス】を使い、クロムもろともウェンディを吹き飛ばすつもりだった。


「来るわよクロム!」

「うるせえわかってるわ!」


【聖騎士】の固有スキル【セイントフォース】――魔防を上げるスキルを自分とウェンディに発動させた。


 それを見たアンバーが、魔法を集合させ、巨大な剣型の魔法を作った。


【ソードランス】は、弾速が遅い分ホーミング性能があり飛距離に応じて威力がわずかに上昇する。

 レベル差、アンバーの魔攻、スキル能力……。



 ビビってるせいで、じりじりとクロムが下がっている。距離をわずかに取りはじめた。

 まずい!

 この威力微上昇が、紙一重を分ける――――!



「下がるな、クロムッ! 前に――ッ!」


 ダメだ、聞こえてない。

 俺にターゲットを移すため、急いで攻撃をする。その寸前に青ちゃんの【邪法】が発動。

【騙す】で一瞬隙を作るが、アンバーは止まらない。

 俺は【火遊び】を使い、炎属性攻撃を与える。


<アンバーに6の炎ダメージを与えた>

<アンバーは[出血]した>

<アンバーは[出血]で10のダメージを受けた>

<アンバーは[火傷]した>

<アンバーは[火傷]で13のダメージを受けた>

<アンバーの[毒]が[猛毒]になった>

<アンバーは[猛毒]で33のダメージを受けた>


 だが、レベルが違いすぎてまったくひるまない。ターゲットが俺に移らない。


【盗賊の嗜み】を連発する。

<アンバーから[ポーション]を盗み、SPに33のダメージを与えた>

<アンバーのSPに33のダメージを与えた>

<アンバーのSPに33のダメージを与えた>

<アンバーのSPに33のダメージを与えた>

<アンバーのSPに33のダメージを与えた>


 これでも止まらない……!


「塵になりなさい!」


【ソードランス】の溜め攻撃をアンバーは放つ。


 それをクロムは盾で真正面から受けた。


「うごぉぉぉぉぉぉおおお!?」


 踏ん張っているが、どんどん攻撃に浸食されていっている。


 そして――俺が危惧したそれは呆気なく訪れた。


 凄まじい圧力に屈したクロムの体が宙に浮く。盾ごと弾かれて吹き飛ばされた。

 ……後ろに残ったウェンディが直撃を受けた。


 巨大な切っ先がウェンディの体を貫き壁に磔にすると、攻撃魔法の凄まじい光が一帯を塗り潰した。


「「ウェンディ!?」」


 アイザックとクエンティンが同時に声を上げた。

 そこには大攻撃の痕を残すのみで、ウェンディは文字通り跡形もなく消えたあとだった。


「嘘だろ、おい……」


 アイザックが呆然と膝を着くと、怒りに顔を染めたクエンティンがアンバーを睨んだ。


「許さない、テメェだけは!」

「落ち着いて! 真正面から戦っても【魔剣士】じゃ――」


 アンバーの下位互換も下位互換。

 すべてにおいて、スキルも能力もアンバーが上だ。

 こんなとき、求心力のあるクロムはぼろぼろになって倒れている。


「フフフ。アハハハハ。弱いのは罪ね。可哀想、ああ、可哀想……。アハハハハ!」

「ぶっ殺す!」


 剣に闇属性の魔法を付与し、血走った目でクエンティンはアンバーに迫る。


「遠近中、どのレンジでもそれなりに活躍できる【魔剣士】……あなたはなんでもできるわ」


 唐突にアンバーがクエンティンを褒める。


「けれど、『なんでもできる』は、『なんにもできない』のよ。ただの半端者ってこと。フフフ」


 アンバーを間合いに捉えたクエンティンが属性攻撃を放つ。が軽くかわされた。


「その顔面、切り裂いてグチャグチャにしてやらァ!」


 続けてクエンティンは至近距離で得意の【スラッシュ】を放った。


 当てつけのように、アンバーも同じスキルを発動させた。


「【スラッシュ】」


 スキル同士が衝突すると、アンバーの攻撃がクエンティンの【スラッシュ】を呑み込む。


 次の瞬間、クエンティンがスキルごと消し飛ばされた。


「私、下品な男は嫌いなの」


 言葉が出ない。

 ゲームにはない絶望感が、ゆっくりと足元から這い寄ってくる。


 味方が三人落ちた。

 クロムは立ち上がりそうな気配がない。

 あとは、戦意喪失したアイザックと俺と青ちゃんだけだ。


 絶望でぼうっと立ち尽くしている青ちゃんの手を取って、正気に戻させる。


「先生! ぼーっとしてるとキスしますよ!」

「え、ええええええええ!?」


 おどおど、てれてれ、している青ちゃん。よしいつもの調子に戻ったな。


「当初のプランから大きく外れました。俺がターゲットを取って気を引くので先生だけでも離脱してください」


 まだ城内はシャドウがうろついているが、ここに留まるより全然マシだ。

 もう青ちゃんは、俺が手取り足取り教えないといけない初心者じゃない。

 しかし、俺の提案に青ちゃんは首を振った。


「離脱するなら一緒に。湊くん、そう言って最後の最後まで残るつもりでしょ」


 バレたか。


「【猛毒】【火傷】【出血】……好きなだけやったらいいわ。私が一発当てるのと、どっちが早いかしら?」


 アンバーの嫣然とした余裕しゃくしゃくの笑みは、圧倒的強者であるがゆえの表情だった。


 こんな状況であっても、俺は頭の隅でとある計算をしていた。


 弱気になったが、落ち着いて考えていくと、ひとつだけ道筋が残っている。

 残していた、というべきか。

 逆転の一手はそれしかない――。



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