第33話魔術師アンバー



「アンバーは、俺のキャラクターです」

「俺のキャラクター?」

「俺がゲームで育て上げた後衛のアタッカーキャラで、覚えている限りだとレベルは二三三。今は六三なので、多少違いはあるようですが……記載されている特徴は、まさしく俺のアンバーです」

「湊くんの知り合いってこと?」

「はい。『知り合い』です」


 こうして悪名を上げているあたり、ガーリングのようにアンバーも独自の人格を持っていると思っていいだろう。


 ただの悪人であれば無視できるが、俺が育てたキャラが迷惑をかけているとなると話は別だ。


「ちょっと、座って話しましょうか」


 窓際のテーブルが空いていたので、向かい合って座った。

 俺のシリアスな雰囲気を感じとってか、青ちゃんは真剣な表情で話しはじめるのを待っている。

 ややあって俺は口を開けた。


「……単刀直入に言うと、アンバーの悪事は見過ごせません。何をやったかはわかりませんが、前回来たとき、あのクエスト票はなかったはずです」

「うん。たぶんなかったと思う」

「いきなり悪名六〇は、結構なこと……たとえば、無差別に善良な民間人をキルしたりとか……そのレベルのことをしないと、あんな数字にはなりません」


 そういう悪役(ダーティプレイ)が出来てしまうのが『ガーディアンズ』の懐と幅の広さである。

 プレイヤーだけでなく、NPCからお金やアイテムを盗むこともできるし、キルすることもできた。

 望んでそういう楽しみ方をするプレイヤーは一定数いるが、俺はしたことがない。


「湊くんは、アンバーを止めたいんだね?」

「はい。俺のキャラです。最強の後衛アタッカーとして育て上げた自負と責任があります」


 そこで、青ちゃんの表情が曇った。


「もしや……超強い?」

「まあまあまあまあ……はい」

「レベル六三って私たちの倍以上じゃん」

「そうですね。……けどこれに関しては、俺個人のことなので先生は」

「無関係だなんて言わせないよ」


 まっすぐとはっきりとした意思を持った瞳が、俺を見つめていた。


「私たち、パーティでしょ。湊くんの一大事は、私にとっても一大事だよ」

「そのセリフは嬉しいんですが」

「今でも私は、湊くんの足手まとい……?」


 不安げで悲しそうな表情をする青ちゃんに俺は首を振った。


「そんなことありません。先生はもう一人前の【呪術使い】ですし、役に立たないはずがない。……確かに数字だけの話をすれば、二人のほうが勝率は上がるでしょう」

「じゃあ――」

「たとえて言うと、勝率一%が二%になったようなもので、危険度は変わりません」


 先生のことが大切だからこそ、今回は巻き込めなかった。


「湊くんが我がまま言うなら、私だって我がまま言うよ。あれ見なかったことにして別のクエストしようよ」

「それは……」

「できないでしょ? 私も一緒。別行動は、断固拒否」


 青ちゃんは笑顔で俺の提案を拒んだ。


「俺だって見なかったことにしたいです。でも、育てたキャラというのは、思い入れの塊みたいなもので、あんなふうに知らない場所で誰かに迷惑をかけていると思うと、辛いしやるせない。育てた俺が引導を渡したいんです」


 今いるこの世界の誰よりも、俺がアンバーを理解している。それだけでも大きなアドバンテージになるはずだ。


「湊くんの気持ちはじゅ~ぶんわかった。反対どころか、むしろ応援してる。ただ、その戦いをそばで支えたいってだけ。……湊くんは、責任感が強いんだね?」


 微笑む青ちゃんは、俺の頭をなでなでとさすった。

 こんなことをやられると思わなかったから、フリーズしてしまう。

 それに、普通に恥ずかしい。


「やめてください。子供じゃないんだから」

「ふふふ。はーい」

「……じゃあ、改めて、俺の我がままに付き合ってください。絶対に守ります」

「つ、付き合ってください、だなんて、湊くん……こんなところで……、む、ムードとか全然ないじゃん……」


 両頬を押さえて、恥ずかしがる青ちゃん。

 なんか変なところ切り抜いたな?


「一緒にクエストを頑張りましょう」

 と言い直すと、スン、と元の表情に戻った。

「うん。頑張る」

「俺たちだけでは荷が重いので、仲間を集めましょう」

「そういうのできるんだ?」

「はい」


 太刀打ちできそうな人物だと、ガーリングが思い浮かんだけど、どこにいるかわからない。


「ギルドだっていうのに、相変わらず見せつけてくれるじゃねえか、カップル冒険者」


 おいおいおい、と俺たちに近寄ってきたのは、いつぞやの【聖騎士】の男だった。

 その仲間四人も後ろに控えている。


「なんの用ですか?」

「そんな目ぇ細めんなよ。警戒すんなって。BQ(バウンティクエスト)、やるんだろ? 聞こえちまったよ。オレは、トーゾク、あんたにお礼が言いたいんだ」

「はい?」

「天空城に行く途中のアークバイソン戦、見させてもらったよ」


 馬車で撒いたと思ったけど、ついてきていたらしい。


「ああ、あれを。それがどうかしましたか?」

「感動した。勇気をもらった。そのおかげで、オレたち強くなれたんだ」


 な? と仲間を振り返ると、一様にうなずく。

 言われてみれば、みんな前と面構えが違うような?


 レベルを教えてもらうと、全員五〇だった。

 

「オレたちに協力させてくれ」


 五人の職業は、【聖騎士】【拳闘士】の前衛、中衛が【魔剣士】、後衛が【狩人】【白魔術師】。


 ここに俺と青ちゃんが加わるのか――……。


 このメンツで挑むなら七対一となる。

 普通なら多少レベル差があっても、攻防のバランスが取れて、なおかつ頭数がいれば勝てる。

 普通なら。


「こっちからお願いしたことだ。報奨金は譲る」

「いいんですか?」

「金目的じゃねえってことだよ」


 まさか、また青ちゃん狙いでは……。


「オレたちは、強敵との戦闘経験を求めている。それがありゃ、金なんてあとでいくらでも稼げるからな」


 いつの間にか戦闘ジャンキーになってしまったらしい。

 ……俺の影響を相当受けたな。


 目配せすると、青ちゃんは小さくうなずいた。


「湊くんに従うよ」

「じゃあ、今回だけお願いします」

「任せとけ」


 俺と【聖騎士】はがっちりと握手する。

 こうして、俺たちは一時的にパーティを組むことになった。



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