第28話ホテル、行こ?
「クエストも達成しましたので、今日はここまでにしましょうか」
「了解」
ふにゃっとした敬礼をする青ちゃん。
「ご飯何食べるー?」
「すみません、俺はここに残ってやることがあるので」
「やること?」
「はい」
俺はうなずいて、まだ戦闘が行われている砂浜に視線をやった。
「急に様子が変わったのは、敵に能力を上げる支援型の魔物がいるからです。そのせいで、カニにやられる冒険者が増えたんです」
「なるほど……」
「だいたいどの魔物か見当つくんですが――」
目を凝らしてそいつの姿を探すが、見当たらない。
「じゃあ、私も残る」
「いいんですか? 俺は助かるんですが」
思ったことを言うと、青ちゃんはにこっと笑う。
「湊くんを援護するのが私の役目だもん」
笑顔と白い歯にきゅんとしてしまう。
…………好き。
ぎゃあ、とまた悲鳴が聞こえ、俺は現実に戻ってきた。
「それじゃあ、すみませんが、残業ってことで」
「オッケー!」
「俺が探しているのは、モグリエビという海底や砂浜に穴を掘って隠れ潜んでいるエビ型の魔物です。人間には猛毒となる粘液を吐くんですが――」
「エビ? あ、あれかな?」
青ちゃんの指さした先には、砂浜が上手く保護色になっているエビがいた。エビにしてはかなり大きく、小型犬くらいの大きさだった。
全体的なフォルムはザリガニで、砂色の体色をしている。海中や砂浜でも移動スピードが落ちることがなく、毒を使うことや隠れるのが上手いことから、海の忍者と誰かが言っていた。
そのエビが、ビュッと粘液をカニに向かって吐き出した。
「毒なんじゃないの?」
「人間には、です」
粘液を吐きかけられたカニから、赤と青のエフェクトが発生した。
「魔物には、物理攻防を上げる効果があるんです」
この砂浜の広さからして、一匹じゃないな。
さっきのエビの姿はもう見えない。
「先生はここからエビを見つけて、場所を教えてください」
返事を待たずに俺は再び砂浜に戻った。
カニの甲羅を踏んでジャンプしながら移動する。
さっきエビを見かけたあたりにやってくると、穴を掘ったあとがあった。
「湊くん! いたよ!」
青ちゃんが指さす先にエビがいた。
――――――――――
モグリエビ
LV20
HP:89
SP:167
――――――――――
「ギエェェェ」
エビと目が合うと、口元がぶくっと膨らんだ。
例の粘液だな。
発射されたと同時にかわす。すると、俺の真後ろにいたカニに直撃。能力が上がり、俺に向かって大爪を振ってきた。
「面倒な」
大爪を回避する。でもその間にエビに逃げられるんじゃ――。
カニを無視してエビを優先することにした。
だが、エビはのっそりのっそりと動くだけで、本来の機敏さが見る影もない。
よく見ると【素早さ】を低下させるスキル【鈍足】が使われていた。
青ちゃん――! 俺、なんにも指示してないのに!
ちょっと感動した!
青ちゃんは、舌をぺろっと出しながら親指を立てていた。
その流れで、再び青ちゃんがエビにスキルを使い【邪法】が発動した。
このエビは、俺にとって貴重なアイテムが盗めたはず――。
カニの攻撃をかわしながら、俺は間髪入れず【盗賊の嗜み】と【盗賊の審美眼】を発動させた。
効果音が鳴り、盗むに成功した。
<モグリエビから[カモフラージュの素]か[ポーション]を盗み、SPに29のダメージを与えた>
「ギエェェェ!」
モグリエビが両手を振り回して攻撃してくる。
俺は【火遊び】を発動させ、敵の攻撃よりも素早く毒剣を直撃させた。
<モグリエビに15の炎ダメージを与えた>
<モグリエビは[火傷]を負った>
<モグリエビは[火傷]で7のダメージを受けた>
<モグリエビは[毒]になった>
<モグリエビは[毒]で8のダメージを受けた>
「ピギュゥゥ!?」
今ので合わせて三六ダメージ。
ただの物理攻撃じゃ、こうはいかない。
逃げ出そうとするエビ。俺は行く手を阻むかのように先回りし、再び攻撃した。
<モグリエビに13のダメージを与えた>
<モグリエビは[火傷]で7のダメージを受けた>
<モグリエビの[毒]が[猛毒]になった>
<モグリエビは[猛毒]で20のダメージを受けた>
治す手段はエビにもカニにもない。
他のエビを探そうとしていると、システム音声が聞こえた。
<潮崎湊は231の経験値を得た>
<モグリエビから八〇〇リンを得た>
称号の【毒殺犯】の威力は伊達じゃないな。
獲得条件は、三〇レベル以下で総毒ダメージが総物理ダメージを上回ることだ。
そのことから、俺は毒に大きく助けられていることがわかる。
それに、コレは今後かなり助かる……!
――――――――――
カモフラージュの素
軽量、後衛職の防具専用素材
――――――――――
敵から視認されにくくなる効果があり、敵は俺に攻撃を当てにくく、こっちの接近にも気づきにくい。
「湊くん、またいたよ!」
青ちゃんがエビの居場所を教えてくれた。
青ちゃん、すごい……めっちゃ見つけてくれる。
ゲームとか漫画読まないから視力落ちないんだろうな。
カニの隙間を縫って、俺はエビの下に向かい、二匹目を撃破する。
同じ調子で三匹目、四匹目、五匹目……と撃破していき、一〇を数えたあたりで、カニの数が大きく減っていることに気づいた。
「なんだ……!? バフなしのカニばっかになったぞ」
「さっきから一人で変なエビを倒してたあいつのおかげか?」
「きっとそうだ! オレ、変なエビの魔物がバフ掛けるのを何度も見たぞ」
「おーい、君ぃ! ありがとー!」
俺に向かって手を振っている冒険者。
「いやいやいや……俺も欲しいアイテムあったんで、まあまあまあ……助け合いなので、こういうのは……」
面と向かって知らない人にお礼を言われるのは、なんだかくすぐったい。
青ちゃんのエビレーダーに引っかかる敵はもうおらず、あとはカニだけのようだったので、俺は青ちゃんと砂浜をあとにした。
「湊くんのおかげで、みんなが助かったんだね! 優秀すぎっ」
青ちゃんが手放しで褒めてくれた。
「大したことはしてませんよ。バフを使う敵がいるってすぐにわかりましたし、先生のエビレーダーが優秀だったので」
「褒められちゃった」
てへ、と照れ笑った。
「サイン出してないのに【鈍足】を使ったのも見事でした」
「でしょー? ファインプレーだったと自画自賛」
「その調子です」
「うん! 全然関係ないんだけど、カニとエビ……いっぱい見てるとなんかさ……ピザ食べたくならない? パスタでもいいけど」
シーフードに引っ張られている青ちゃんだった。
【ワンハンドクラブの大爪】と【カモフラージュの素】を盗めただけで上出来。今回は俺にとって報酬や経験値以上に大きな収穫があるクエストになった。
ビーチを離れて、俺たちはさっそく装備屋に向かった。
「クエストが終わるたびに、良いアイテムが作れるんだね」
「それは、敵から素材やアイテムが盗めるからです。普通、こんなに上手くいかないもんですよ」
「そうなんだ。『かじってる』人は違いますなぁ」
うりうり、と青ちゃんが肘で俺の脇腹をつついてくる。
「まあまあまあ、そういうことです」
と、俺は謙遜も否定もしなかった。
「いらっしゃい」
装備屋に入ると、暇そうな店主があくび交じりで言った。
俺は足りない素材を買い足して、材料を揃えた。
「【ワンハンドクラブの大爪】と【カモフラージュの素】で、服を合成してください」
「はいよ。……【盗賊】のあんた――」
眉を持ち上げて店主は目を見張る。
「あんたのおかげで、【海浜清掃】がとんでもなく捗ったって聞いたぜ」
「捗ったというより、邪魔をする魔物を見つけて倒して回っただけですよ」
「近隣で商売してるみんなは困ってたんだよ。カニがうじゃうじゃいて、倒そうとしても、一匹が強いし、バフがかかってる。客が軒並み減って商売あがったりだったんだ」
「クエストになるくらいですからね」
「そうともよ。助かったぜ」
店主はニカっと笑って素材を奥に運んでいった。
「あんなにカニがいたんじゃ、観光に来てもすぐ帰っちゃうよね」
「人助けにもなって良かったです」
装備品を眺めていると、店主が戻ってきた。
「これでいいかい?」
カウンターに置いたのは、一着の黒いジャケット。裾が少し長いのが形状としての特徴で、他は何の変哲もない
――――――――――
ギリージャケット 魔防+11 即死防止
敵から認識されにくくなり、先制攻撃が成功しやすい。
HP上限以上のダメージを受けた場合、一度だけHPが1残る
――――――――――
【ワンハンドクラブの大爪】は、重装職の武器が作れて、防具の素材にすると【即死防止】効果が付与される。
大半が武器の素材にするだろうけど、俺にとっては【即死防止】の一択。
一度きりなので、保険みたいなもんだ。でもワンパンで死なないっていうのは、精神的なお守りになる。
袖を通してみると、青ちゃんがうんうん、と何度もうなずいた。
「いいね、いいね。似合う!」
「あ、ありがとうございます」
お代を支払おうとすると、店主から受け取りを拒否された。
「お代は受け取れねえ。オレにできるせめてもの感謝の印だ」
そう言ってくれたので、代金は支払わないで済んだ。
俺が店主と話している間、青ちゃんもほしいものがあったようで、こそこそとカウンターに何かを置いた。
ソレを見た店主は俺と青ちゃんを見ながらニマニマと笑う。
「お楽しみってわけか」
「お、おじさん、余計なこと言わないでください」
「へいへい。これもタダにしといてやるよ。ねえちゃん、【盗賊】のにいちゃんとパーティ……カップルなんだろ?」
「まだ違いますっ。この、微妙で細かくて繊細で壊れやすい時期に、第三者がそういう適当なこと言わないでくださいっ」
「悪い、悪い。そんなに怒るなよ」
んもう、と青ちゃんは頬を膨らませていた。
ぷりぷり怒っている青ちゃんが可愛い。それと「まだ違います」という言葉だけ耳に残った。
……まだ違う――。
俺、ワンチャンあるってことでは……。
「はいよ」
と、店主が紙袋を置く。あの中に青ちゃんが買った物を入れているらしい。シュバっと青ちゃんは懐に紙袋をしまった。
「もう、ほんとに、おじさんっていう生き物は、空気読まずに適当なことすぐに言うんだから」
店を出ていくと、青ちゃんは唇を尖らせて不満をこぼした。
「カップル冒険者って呼ばれるくらいですから、勘違するのも仕方ないですよね」
「ごめんね。なんか」
「いやいやいや、俺は嬉しいくらいなので」
「そ、そっか……じゃあ、良かった。私も、全然、大丈夫、デス」
口ごもりながら青ちゃんが言うと、目が合った。
頬がほんのりと染まった青ちゃんは、潤んだ瞳で、ぽつりとつぶやく。
「湊くん……ホテル、行こ?」
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