第25話水着とクエスト

「ブルギャフゥゥゥッ!」


 地面を蹴り上げ大型のワイルドボアが俺に突進してくる。


 あのときは迫力とスピードに驚いたが、この世界に馴染んだ俺の眉は、もう動くことはない。


 スキル【ハヤブサ】で【素早さ】上昇。


「ブルヒヒヒヒイイイン」


 巨大な牙で俺をすくいあげようとするワイルドボア。

 その鼻先に軽々と飛び移り、【鋭利な一撃】を発動させる。


 シャリンと涼しげな音が鳴り、攻撃スキルを上から叩きつける形となった。


<ワイルドボアに90のダメージを与えた>


 ワイルドボアが地面につんのめり、大きな悲鳴を上げてひっくり返る。

 そのときには、俺はそばの木に飛び移り、消えていったワイルドボアの残滓を眺めていた。


<潮崎湊は48の経験値を得た>

<ワイルドボアから[ワイルドボアの大毛皮]と一五〇〇リンを得た>


「うん。上出来」


 ほんの少し前、HPを削ることでヒイヒイ言っていた相手を、今やワンパン。


 けど、スキル頼みな戦闘スタイルであることは変わりがなく、回復がないと【鋭利な一撃】は使えて四、五回。

 他のスキルにもリソースを割くなら二回がせいぜいだな。

 もう継戦能力は諦めよう。

 それを気にするせいで戦力が下がったりシステムを変えるのは本末転倒だ。


 パチパチパチ、と見ていた青ちゃんが拍手した。


「すごい、すごい! 前はすっごく苦労した敵なのに!」

「レベル差がありましたし、試しに戦ってみたんですが」

「圧倒的じゃん! こ、今後も全部アレでドドドンって倒せるんじゃ!?」


 青ちゃんの目がキラキラしている。

 安全かつ素早く敵を倒したからだろう。


「格下相手なら困らないと思います」


「湊くん、強いなぁ」


「まあまあまあ……俺、かじってたんで」

「出た、謎の謙遜&照れ隠し!」

「いいんですよ、全部言わなくて」


 俺はたまらず木から下りる。


「……もう推奨エリア外でクエストを受けるのはやめて、比較的安全なエリアを冒険しましょう。それで妖精シリーズが集まらないわけではありませんし」


「そうしよ、そうしよ♪ 絶対そのほうがいいよっ」


 安全な冒険は青ちゃんが一番望んでいたことだ。

 安全な冒険……こんなに矛盾してる言葉もないな。

 思わず笑いがこぼれてしまう。






 森を出ていき、俺たちは冒険者ギルドにやってきた。

 張り出されているクエスト票を眺めながら、俺は何気なく青ちゃんに尋ねる。


「ほどほどに安全なクエストで報酬を得ていくと、衣食住が安定するじゃないですか」

「うん?」

「そのあと、どうしたいとか、先生はありますか?」


 俺は冒険以外で何ができるか青ちゃんに説明している。

 家が欲しければ買えるし、自分でクランというパーティよりも大きな単位の組織を立ち上げることもできる。キャラ同士で結婚もできれば子供だって生まれる。


「ええっ、そんなこと、こんなときに聞いちゃうんだ……?」


 吞兵衛な酒浸り生活だと予想したけど、どうやら違うらしく、青ちゃんはうっすらと頬を染めている。


「け…………こん、して……ちゃん作り……たい……」

「え?」

「もういいっ。あとにして、この話」

「あ、はい、すみません」


 いきなりシャットアウトされてしまった。

 地雷だったのか、この話題。


 いいクエストがなかったので、受付嬢に頼んで探してもらった。


「今ですと、【海浜清掃】が展開中でして、パーティランクが低くても参加可能となっております」


【海浜清掃】は、パーティ単位で大人数が参加できる海辺の討伐クエストだ。


「ベイサイドエリア……グラハムビーチに大量発生した魔物ワンハンドクラブを討伐していただくと、討伐数に応じた報酬を得ることができます」


「みんながいるなら安心だね」

「そうですね。受けましょうか」


 青ちゃんの同意を得て、クエストを受けることにした。


 ギルドを出て移動の話をしていると、青ちゃんがシュビっと手を上げた。


「湊先生、湊先生」

「なんですか、中林さん」


 立場逆コントに俺も付き合うことにした。


「ビーチの近くって装備屋さんとかあったりするんでしょーか?」

「ありますよ。さほど役に立たない装飾品やシャツや海で使える武器などもあります」

「じゃあ、水着売っている店もありますかー?」


 そのとき、俺に電流が走った。

 み――水着ッッッ!?


 目が泳ぎまくりの俺はカタコトで答える。


「ミズギ、アリマス、よ?」

「そっか。良かったぁ。海なんて私何年ぶりだろぉ~?」


 楽しみだなぁ、えへへ、とバカンス気分の青ちゃんだった。


 その隣で、俺はエロい妄想しかしてなかった。


 夕日を見ながら並んで座る俺と青ちゃん。

 立ち上がったときお尻の食い込みを直す青ちゃん。

 岩陰でイチャつく俺と青ちゃん。

 良い雰囲気になって顔が近づくと『ダメだよぅ』って青ちゃんは言いながらも、強引にするとあっさり受け入れてくれて――。

 で、ほんのちょっと水着をズラすだけで、あのおっぱいがこぼれて――。


『湊くん、ダメだよぅ……』


「あぁっ!? ダメだ! 集中できずにクエストで死ぬかも――ッ!」


 ガガーン、と青ちゃんがショックを受けていた。


「えぇぇぇ!? だったらやめよう? そこまでしてやるものじゃないし!」


「いやいやいや、いいんです。やりましょう行きましょう海。絶対に絶対に」


 ええ、行きましょう行きましょう、ええ、と俺は頑なだった。


「私、詳しくないから、湊くんがそう思うクエストってことは、結構心配だよ……?」


 純粋に俺のことを思ってくれる青ちゃんに、脳内で水着を脱がせてたとは言えなかった。

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