第23話青ちゃんはもう一度言ってほしい
◆中林青葉◆
「あの先生さ、私を見る目がキモかったんだよね~。『今ボクいやらしいこと考えてます』って顔しててさぁ」
「あの先生、女子からもキモいって言われてましたよ」
「あ、やっぱり!?」
青葉と湊は、向こうの世界の話で盛り上がっていた。
お酒も入り、つい声が大きくなるが、気にするような人は食堂には誰もいなかった。
景気のいい冒険者が昼間から派手に飲んでいる、という程度で、それは別段珍しいことではなかったからだ。
青葉が飲みやすいと勧めたお酒を湊はまた口にする。
「湊くん、結構行くねぇ~」
「別にこれくらい、大したこちょは」
アルコールのせいで湊の呂律が怪しい。
「それ美味しいよね」
「まあまあまあ。はい。青ちゃんも飲んでください。俺ばっか飲ましぇて」
……私のこと、いない場所では青ちゃんって呼んでるんだ?
ぽろっと呼び方が変わったことが、なんだかくすぐったい。
もにょもにょ、と聞き取れない独り言をつぶやく湊は、完全に酔いつぶれロード一直線だった。そんなヘロヘロになりつつある湊を見て、青葉はぼんやりと思う。
なんか可愛い……。
普段クールっぽい目つきはとろんとして、お酒で温かくなってきたせいか、うっすら頬が火照っている。
首が据わらない赤ちゃんみたいに、頭がゆらゆらと小刻みに動いている。
「完全に酔っぱらっちゃった?」
青葉が尋ねると、湊が言った。
「青ちゃんが、冒険やめたって、俺ぁ、全然いいと、思うんですよ」
聞いてもちゃんとした答えが返ってこないので、これはもう立派な酔っ払いである。
「もう、十分、お金、稼げりゅようにもなっちゃし、パーティ解散してよその誰かと組んでもいいし、ソロで安全なクエストをしながらっていうのでもね、生活に困らないなら全然いいし」
「解散なんて、やだよ? 私」
「俺もヤなんですよ、青ちゃんのこと好きだから」
「……ん?」
耳に入った言葉をもう一度頭の中で繰り返す。
もう一度、ん? となった。
「え? もう一回言って?」
「冒険やめたっていいと思うんですよ」
「そこじゃなくてっ」
半分寝ているような湊の肩を青葉はぐらぐらと揺らす。
青葉が望んだ答えは返ってこず、湊は眠ってしまった。
冒険を休もうと言ったのは、自分のためだということはわかっていた。
青葉は、湊のその気遣いが嬉しかった。
「察しがよすぎる上に、気遣い屋……」
頬杖をつきながら、テーブルの下で湊の足をつつく。
本音は嫌だが、青葉のことを思うと解散したほうがいいのでは――? そんなふうに思うのも、湊らしい。
「心配して先回りできちゃうのも、湊くんだからなんだよね」
なんでこんな目に。どうしてそんな危険なことを。……この世界にやってきてそう思ったことは何度もあった。
冒険をしない選択肢がもしあったなら、初日の青葉は真っ先にそれを選んだだろう。
だが。
「私、楽しいよ。湊くんと一緒にいるのも、冒険するのも」
これからまた理不尽なことが起きても、今まで以上の命の危機に直面しても、湊とならやっていける気がした。
支払いを済ませて湊に肩を貸し、青葉たちは店を出た。
「湊くーん、宿屋いくよー」
「ういー……」
「ふふふ。はい、でしょ?」
罰として、つんつん、と頬をつついてやる。
昼に食堂に入ったのに、いつの間にか陽がずいぶん落ちている。
何度か利用したことのある宿屋に入って、二部屋借りる。
主人が湊を運ぶと申し出てくれたが、断った。
「私の大切な人なので」
自分で面倒を見たいのだ、と思わず口走っていた。
口を滑らせた青葉は言っておいて赤面する。
主人の顔が見られず、教えてもらった部屋へゆっくりと湊を運んでいき、ようやくベッドに下ろす。
腕が絡まったままだったせいで、青葉も湊が倒れるのに巻き込まれてしまった。
「わわ、ちょ――きゃ」
気づくと、湊に腕枕をされているような状態だった。
頭にゴツッとした骨の硬さと筋肉の弾力を感じる。自分にはない腕の感触に、湊に男を感じてしまう。
視線を上げると、湊は穏やかな寝息を立てて眠っていた。
「……悪い大人だから、何かあったらお酒のせいにするんだよ」
ちゅ、と湊の頬にキスをする。
やっておいて恥ずかしくなった青葉は、そのまま硬直する。
「~~っ」
フリーズが解けて、ごろりと背を向ける。すると、湊が寝返りを打ち、追いかけられる形で背中が湊と密着した。
「お、起きてるでしょ? え、エッチなんだからぁ……」
大人ぶって嗜めるようなことを言うが、返事はない。
後ろを見ると、湊はまだ寝ていた。
ほぅと安心して、青葉はつぶやく。
「今度はね、素面のときに聞かせて。そしたら私すぐオッケー…………じゃなくて。一旦持ち帰ってよぉく考えてお返事するから。と、歳の差って、そんな簡単なアレじゃないんだから」
そっとベッドを抜け出して、自分の部屋に戻った青葉。
「……今度から、面と向かって青ちゃんって呼んでもらおうっと」
服を脱ぎ、今日の余韻に浸りながらベッドに入った。
※
今回で1章完結です。
面白いと思ったり続きが気になると思っていただけましたら
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引き続き更新頑張ります。
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