第22話昼飲みと青ちゃんのにおい


「強敵――撃破ぁぁぁぁ!」


 いえーい、と青ちゃんは俺にハイタッチを求める。

 ぱちん、と手を合わせて俺たちは勝利の余韻に浸る。


 ……アラクネを倒したときは、感極まって抱き着いてきたのに。

 青ちゃんは、こんなふうに俺と敵を倒すことに慣れてしまったらしい。


 大広間からRPに向かい、ソファで一休みする。


「【SPアップ】って?」


 青ちゃんも同じものがドロップしたらしい。

 たいていパーティなら同じものが落ちるはずだが、絶対ではない。


「SPの上限を上げるんです。使ってしまいましょう」


 所持品から瓶を取り出し、二本とも飲み干す。

 エナジードリンクみたいな味だ。

 これで、SPの上限が六上昇した。


 青ちゃんが瓶を持ったままぼんやりとしている。


「先生?」

「なんか、今さらになって怖くなっちゃって……お、おかしいよね、ハハハ……」


 うっすらと目尻に浮かんだ涙を隠すように、青ちゃんは無理やり笑顔を作る。


「戦闘中はアドレナリンが出て気にならなかったのかもしれません」


 生存本能とでも言うべきか。

 あの場で恐怖ですくんでしまっていたら、俺も青ちゃんも死んでいただろう。


「かもね」


 瓶を包んでいる両手が小刻みに震えている。

 俺はそこに手を添えた。


「クエストの報告をすれば、結構な報酬がもらえます。それでしばらく冒険は休みましょう」

「ううん。大丈夫大丈夫」

「先生が、というより、俺が休みたいんです。戦い続きだったので、のんびりしたいんですよ」


 と、俺は青ちゃんが気を遣わないように嘘をつく。


「じゃあ、そうしよっか」


 しばらく、というのは、二週間くらいに考えているが、青ちゃんの冒険の熱が冷めるのであれば、そのときはやっぱり別々の道を進むべきなのかもしれない。


 俺のエゴとしては、一緒にいて守ってあげたいと思う。

 けど同時に、これ以上危険な目に遭わせたくないとも思う。


 考え事をしているうちに回復が終わり、俺たちは天空城をあとにした。






「天空城でのクエスト五種類、すべて達成を確認いたしました。報酬をお受け取りください」


 俺と青ちゃんはギルドで報酬を受け取った。


 今回の分と敵を倒したときに得られるリンを合わせて、四〇万近く貯まった。

 隣にいる青ちゃんは、形のいい鼻を小さく膨らませていた。


「八、九、十……、むふっ」


 ……お金を数えるときって、人間ヤバい顔するんだな。


 青ちゃんは、俺が盗むを成功させるとお金が入る称号を持っている。

 俺以上に資金に余裕があるはず。


「じゃあ、一週間だけ。冒険のお休みは」

「はい。俺はいいんですが……」

「うん。じゃあそうしよう。三日間は泥酔したいし――いや五日? 六日くらいはイケるかも……?」


 目を細めながら、何かを計算している青ちゃん。

 どうせ、酒量と二日酔いのキツさを天秤にかけているんだろう。


 お腹が空いたので俺たちは食堂に入り、料理を注文する。


 向かいに座った青ちゃんは、思い詰めた様子もなく、きょろきょろしては「あれってなんのメニューだろう?」と他のお客さんの注文に興味津々だった。


「湊くんは、一週間何するの?」

「だらだら過ごすだけです」


 青ちゃんに心の整理をしてもらうために休もうと言ったので、俺に目的はなかった。


「湊くんも、飲んでみる? 明日からしばらく休みだよ休み♡」

「俺は、あんまり……」

「慣れだって、慣れ」

「先生、そういうの、アルハラっていうらしいですよ」

「この世界にそんなのありませぇーん」


 いたずらっぽく唇を尖らせる青ちゃん。

 子供っぽいところも魅力になる人だった。


「ねえねえ、ちょっとだけ。一口だけ。付き合ってよ。ね?」


 青ちゃんは、両手を合わせて可愛くお願いポーズをした。


 そんなのズルすぎる……。

 こんなふうにお願いされて抗えるはずがない。


 俺の頭の中では、都合よく切り取られた『付き合ってよ』が何度もリピートされている。


「ちょっとだけなら、まあ」

「とか言って、イケるほうなんでしょ」

「どうでしょう。酔い潰れたら、お願いしますよ」

「湊くんって、普段冷静でクールなキャラでしょ?」

「そうですか?」

「そう見える。だから、お酒が入ったらどうなるんだろうって興味があったりして」

「責任は取りませんよ?」


 グッと青ちゃんは親指を立てて良い笑顔をする。


「だいじょーぶ。お酒は飲まれてナンボだから」


 この人、社会人として大丈夫だったんだろうか。

 すっげー不安になってきた。


「アルコールの海に身を任せるのも悪くないよ。乗りこなしてもよし、溺れてもよし」


 キリっとした顔でダメなこと言うのやめてほしい。


「そこまで言うなら……。じゃあ、今日はクエスト達成の祝杯を上げましょう」

「店員さーん、こっちにお酒全種持ってきてくださーい!」

「え!?」


 全種って言った?

 メニューを見ると、食堂だけど一〇種類くらいあった。


「色々飲んでみて、好きなやつが見つかるかもしれないでしょ?」

「アクセル踏みすぎですよ」

「飲めなかったら、私が飲むよ。それに、支払いは私が出すから」

「そこじゃなくて。……まだお昼ですよ、先生」


 青ちゃんは、ノンノン、と人差し指を振る。


「昼から飲んで潰れるのも、オツな楽しみ方なんだよ?」


 だから、青ちゃんさ、キリっとした顔でダメなこと言うのやめてほしいんだよ。


「大人の嗜みっていうかさぁ」


 ダメな嗜みだと思うほうに一票。


 さては青ちゃん、お酒を飲むっていう部分で、大人マウントを俺に取ってきてるな?

 一点突破が強引すぎる。


 お酒が各種、どっさりとテーブルに届く。

 注文した料理をおつまみ代わりにしながら、俺は青ちゃんに渡されたグラスに口をつける。


「それ、飲みやすいみたいだよ」

「あ。ほんとだ」


 この前飲んだときみたいな、ぐらっとくる感じがない。アルコールっぽい味はするが、そうだと知らなければジュースみたいに飲めそうだった。


「でも度数高いらしいから、注意してね」


 それから、アルコールが回った俺と青ちゃんの口は軽く、冒険の話にはじまり、脇道にそれてなぜか向こうの世界の話になって、先生同士の人間関係を聞かされた。


「あの先生さ、私を見る目がキモかったんだよね~。『今ボクいやらしいこと考えてます』って顔しててさぁ」

「あの先生、女子からもキモいって言われてましたよ」

「あ、やっぱり!?」


 あっちの世界の人の悪口で盛り上がり、けらけらと二人して笑う。


 気持ちよく酔うっていうのは、こういう感じなんだろうか。

 ぼうっとするけど、ふわふわして、なんだか楽しい。


 自分の呂律が次第に怪しくなってきた。

 しゃべっているけど、自分が何をしゃべっているのか不透明になっている。

 脳みそを通さず、口からするすると言葉が出てしまっているみたいだった。

 それを受けて青ちゃんが返すが、思考力がまるで働かない。


 ……気づいたら、俺は青ちゃんに寄り添われて夕焼けに染まる街を歩いていた。


 で、意識が朦朧として、次に目が覚めると宿屋らしき部屋のベッドで起きたところだった。


 窓の外は明るい。

 あれ……さっき夕方だったよな?


 首をかしげて街の様子を眺めていると、どうやら朝になっていたらしい。


 付近に青ちゃんはいない。

 一人部屋を取ってくれたらしい。


 けど、ベッドからは青ちゃんのいいにおいが少しだけした。

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