第20話天空城のハイエンジェル

 ハイエンジェルが待つ大広間の前までやってきた。

 ステータスは万全。


「油断さえしなければ、俺と先生なら大丈夫です」

「うん! 湊くん守ってね」

「もちろん守ります」

「で、私は湊くんを守る」

「……」


 意外な発言に目が丸くなった。

 青ちゃんも青ちゃんで逞しくなったんだなぁ。


 この、初心者が強くなって頼もしくなるというのは、玄人プレイヤーからすると親心をくすぐられる。


「だって私、先生だし年上だし」

「遠足の引率じゃないんですから」

「いいの」

「それじゃあ、ちょっとハードな『遠足』にいきますか」


 扉を押し開けると、ふわっと大型の天使が姿を現した。


――――――――――

朽ちた天空の城主ハイエンジェル

LV:33

HP:807

SP:444

――――――――――


 黄金のリングを頭の上に浮かべ、石膏のように無表情な顔には、細かい傷がいくつもあった。

 短めの銀髪で中性的な面立ちをしている。

 エンジェル同様に純白の翼は汚れていた。

 手には権杖を持っている。


「ァァァァァ――ッッッ」


 ビリビリ、と音波が大広間を震わせる。


 打ち合わせ通り、俺と青ちゃんは動く。

 俺は敵のターゲットとなるように、青ちゃんは敵の死角に逃げる。


 権杖を振るうと、攻撃魔法スキルの銀の稲妻が降ってきた。

 レベルは一〇も敵が上で、俺は物理防御以上に魔法防御は薄い。例によって当たっていいはずがない。


 サイドステップを大きく踏んで、魔法を回避。

 銀の稲妻が床で爆ぜると細かく飛散した。


 ハイエンジェルは翼を動かし高度を上げる。

 大広間の天井は高く、魔法系スキルをはじめとした対空攻撃がないと、この敵のHPを削ることは難しい。短時間だが、ときどき降りてくることもある。

 もしそれを狙うのであればよっぽどの火力自慢でないと倒し切れない敵だった。


「ファァァァァ――ン」


 同じ攻撃スキルを二、三、発動させ、高い天井から攻撃魔法を落としてくる。

 たとえるなら大型爆撃機といったところか。


 俺は【≪不滅≫の粘糸】を上方に貼りつけ、壁を素早く走って登る。


 敵が権杖を横に動かすと白い刃が四つ出現し、それぞれが俺を狙って飛んできた。

 接近を許したときに使う近接スキルのひとつだ。


 けど、逃げられない俺ではない。


「糸」を上に貼りつけ一気に上昇し、攻撃を振り切る。

 敵が俺を見失ったのがわかった。


 今だ。


 しっかり俺を見ている青ちゃんにサインを送る。


 すぐに【呪詛】【変調】が発動した。

 このまま落下に任せるより「糸」を使ったほうが速い――。


 俺はハイエンジェルの背中に「糸」を付着させ、瞬時に距離を縮めた。


【強奪】と【盗賊の審美眼】を同時に使い、お馴染みのパターンで仕掛ける。


<[薄汚れた羽][魔銀の欠片][ポーション]のいずれかを盗んだ>

<ハイエンジェルに23のダメージを与えた>


 一発目で成功した。

 続けて発動させる。

 

<[魔銀の欠片][ポーション][邪な法衣]のいずれかを盗んだ>

<ハイエンジェルに23のダメージを与えた>


 敵が攻撃モーションに入ったが、あと一回ならいける――。


 青ちゃんに別のサインを送ると【なまけ癖】【不協和音】を使ってくれた。

【防御】をわずかに下げ、加えて異常耐性を下げるスキルだ。


 続けて俺は【騙す】と【火遊び】を発動させる。


 敵の隙を大きくさせ、あわよくば火炎属性攻撃でクリティカルを狙う。

 炎を纏った毒剣で敵の背中を切るつける。


<ハイエンジェルに30の炎ダメージを与えた>

<ハイエンジェルは[毒]を負った>

<ハイエンジェルは[毒]で12ダメージを受けた>


【火傷】にはならなかったが、上出来だろう。


 敵は攻撃を再開したが、そのときにはもう俺は敵の死角に移動し終えていた。

 危なげなく、このまま完封できそうだ。


 敵が権杖を振り回しはじめる。範囲型の攻撃スキルのモーションだった。


「先生!」

「うん!」


 あらかじめ教えておいたので、青ちゃんは呼んだだけで察してくれた。

 射程外である大広間の隅に移動する青ちゃん。あそこは範囲攻撃が届かないので、俺も「糸」でそこまで飛んでいった。


「ファァァァァ――――ン」


 権杖の先が閃光を放つ。

 球体状に攻撃が広がっていき、大広間を銀色のスキルで照らした。


 この間も毒状態による継続ダメージが入っている。


「順調?」

「はい。次は【猛毒】を狙います」


 あわよくば【火傷】も。

 だが、【火遊び】はSPを使うため、使いどころは見極める必要があった。


 ゆっくりと敵が床に降りてきた。


「行きましょう」

「うん」


 行動パターン上、床に降り立つときはプレイヤー側からするとチャンスタイム。

 権杖による物理攻撃しかしないので、それだけに気をつければ、大きくHPを減らすことができる。


「先生!」

「了解っ」


 ハイエンジェルに対し【変調】【なまけ癖】【不協和音】が発動した。


 権杖での攻撃をかいくぐった俺は、毒剣で足元を素早く何度も攻撃する。毒に侵されることを祈りながら。


<ハイエンジェルに13のダメージを与えた>

<ハイエンジェルに12のダメージを与えた>

<ハイエンジェルに14のダメージを与えた>


 敵が権杖をくるりと回し、防御スキルの一種を発動させた。

 物理ダメージカットのスキルだが、俺の狙いはそこじゃない。


<ハイエンジェルに10のダメージを与えた>

<ハイエンジェルの[毒]は[猛毒]になった>

<ハイエンジェルは[猛毒]で24のダメージを受けた>


 決まった。


 それからは、絶対に安全な瞬間を狙って接近し、毒剣で切りつけていった。


 細かく細かく、何度も何度もHPを削っていくと、俺もさすがに息が上がってくきた。


 ハイエンジェルが何度目かの着地をすると、不自然な痙攣を起こして膝から崩れるようにして倒れた。


<潮崎湊は1220の経験値を得た>

<レベルが2上がった>

<スキル[強奪]の熟練度がA+になった>

<スキル[騙す]の熟練度がB+になった>

<スキル[盗賊の審美眼]の熟練度がC+になった>

<スキル[鋭利な一撃]を覚えた>

<ハイエンジェルから[妖精の羽]と一二〇〇〇〇リンを得た>


――――――――――

潮崎湊

職業:盗賊

LV:25

HP:91/91

SP:33/56

攻撃:28+15

防御:16

魔攻:13

魔御:13

素早さ:36+5+3

称号:豪胆な盗賊 執念の炎 蜃気楼 毒使い

スキル:強奪(A+)騙す(B+)火遊び(C+)盗賊の審美眼(C+)ハヤブサ(E-)鋭利な一撃(E-)

――――――――――

――――――――――

鋭利な一撃

【素早さ】の差分に応じた防御を無視したダメージを与える

――――――――――


【盗賊の審美眼】を使って盗んだため、選択画面が現れ【魔銀の欠片】と【邪な法衣】を選択した。


 ふう、と大きく息をついて気を抜いていると、青ちゃんが声を上げた。


「湊くん、あれ!」


 指さした先には、倒れたハイエンジェルがいた。倒したなら、消えてなくなるはずが、今は黒い靄に包まれている。


「ヤバいな」

「何がヤバいの?」

「……特定の敵を相当数倒すと、上位種がごくわずかな確率で変異するんです」

「ど、どういうこと?」

「エンジェルを倒しすぎたみたいです。要は、子分をキルしまくったせいで親分がブチギレたってことです」


 変異のタイミングはランダム。

 とはいえ、撃破してからとは、またついてない。


 黒い靄がなくなり、敵が姿を現した。


――――――――――

ハイエンジェルリベンジャー

LV:35

HP:666

SP:1200

――――――――――


 無表情だった顔は銀製のヘルムで覆われ、権杖も大きくなり、先端は玉のようなものがついている。

 もう片方の手には台形を逆さにしたような大きな盾が装備されていた。盾には、宗教的な意匠が描かれている。

 敵の全体から黒い雷のようなものが飛び散っていた。


「つ、強そう……。ど、どうするの?」

「俺たちがやることはひとつです」


 それに、やりようがないわけではない。

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