第16話立場と気持ち

◆中林青葉◆


 ぱたん、と逃げるようにして青葉は部屋の扉を閉めた。


 湊は青葉を憧れの女性だと言った。


 それが青葉は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 そんなふうに見てくれてたんだ、と。


 感情とは裏腹に、先生なのに、と理性がこそっとささやいた。


「先生なのに、私、生徒に憧れの女性って言われて嬉しくなっちゃってる……!」


 ぺたり、と座り込んで、さっきの態度を反省する。


「なんかちょっと変だったよね、私……。でも、好きって言われちゃったしなぁ……」


 そうは言ってないが、当たらずも遠からずのセリフだった。


「七つも年下の男の子……。私が中一なら湊くんは小一。私が高一なら、湊くんは小四――! 世代格差がすごい……!」


 想像できない! と青葉は頭を抱える。


「ううん、待って待って。湊くん。一緒に行動を続けてたから、戦いのドキドキを共有してしまって、それを好きって思うようになったんじゃないっ!?」


 独り言で大ブーメランを投げた青葉だった。 


「湊くん、今はノーっ! 絶対では、ないけど……今はってだけで……」


 もにょもにょ、と青葉は揺らぎまくる。

 湊の告白 (まだしてない) (好きだとはっきり言ってもない) を断ったとして、それでも好きなんです、と情熱的に迫られたら……と青葉は妄想する。


「……うぅっ」


 キュンキュンが止まらず、すぐに前言を撤回してオッケーしてしまいそうだった。


「――あぁ、ダメ教師っ」


 ベッドに飛び込んで足をジタバタさせる。


 枕に顔を押しつけて「ぅぅぅぅぅぅ」と唸る。

 部屋の外に聞こえないようにそのまま大声を出した。


「湊くんが私のこと好きなの嬉しいんですけど! すごくすごくすーっごく嬉しいんですけどっっっっ!!」




◆潮崎湊◆


 食事の時間が近づいてきたので、俺は先に食堂に行くことを青ちゃんに扉越しに伝えた。


「俺、先に行きますけど、先生はゆっくりでいいですからね」

「わかった!」


 と、いつもの通りの声が返ってきて一安心。

 俺は宿屋をあとにして食堂をまっすぐ目指した。


 青ちゃんは俺が口説いたと思っているのか、それがさっきのよそよそしい態度の原因だと思う。


「いっそのこと、告るか……?」


 一緒にいると癒されるし、可愛いし、いつも明るくて前向き。青ちゃんのダメなところも好き。さっき部屋でよく考えたけど、好き以外なかった。


 でも青ちゃんは大人だから、告白をかわしそうな気もする。で、気まずくなってパーティ解散。――あり得る……。


 けど、今解散したら青ちゃんは苦労するだろうし、気まずいまま行動をともにするのも苦痛だろうから、解散が自然と選択肢に入るくらいこの世界に慣れたと俺が判断したら、そのときは思いを伝えよう……!


 アークバイソン撃破のあとのことは、一旦なかったことにして、今後のクエストやパーティの打ち合わせを中心にしゃべれば大丈夫だろう。


 食堂に入りメニューを眺めていると、青ちゃんがやってきた。


「お待たせ」

「お腹すきましたね。何食べましょうか」

「何食べよっか~」


 自然すぎるくらい自然な会話で、むしろ不自然だった。

 いくつか料理を注文し、待っている間ステータスやスキルについて青ちゃんが尋ねる。

 それに答えている間に注文が届き、黙々と食事をはじめた。


 空気が重くなったので、今後の方針を伝えようと俺は話しかけた。

「あの、先生」

「はいっ!?」


 青ちゃんは背筋をシャキンと伸ばし、顔を強張らせていた。


「俺たちの今後ですが」

「わっ、私たちの、今後……っ!?」


 ごくり、と青ちゃんは喉を鳴らした。


「ま、待って! ダメダメ! え、エッチだから!」

「はい?」

「未成年淫行罪! 逮捕! そ、そういうのは、まだ……」

「明日の天空城のことです」

「……そ、そっちか……」


 ……何と勘違いしたかわかったけど、黙っておこう。


「討伐クエストはアークバイソン撃破で一件達成して、もう一件は城内のエンジェルという敵五体ともう一件はボスのハイエンジェルです。途中にアイテムを回収しながら――」


 何事もなかったかのように、俺は明日の流れを説明する。

 青ちゃんもときどき相槌を打ちながら聞いてくれた。


「先生、今日は飲まないんですか?」

「え? あはは……前、酔っぱらって宿屋まで運ばせちゃったりして、迷惑かけたでしょ? だから控えようと思って」

「全然迷惑じゃないので、俺のことは構わず飲んでくださいね。お金も余裕がありますから。…………それに、そういうところも可愛いわけだし」


 聞こえないように最後をボソっと言うと、青ちゃんの目線が挙動不審そうあちこち動く。ようやくモジモジする手元に視点が定まると、すごく小声で言った。


「じゃ、じゃあ……の…………飲んじゃおっかな……」


 店員さんを呼んでお酒を注文する青ちゃん。

 届くとタガが外れたように喉を鳴らして飲みはじめた。


 ……いいって言ったけど、明日に響かないか? 大丈夫か?

 不安に思っている間に、どんどん酒が進んでいく青ちゃん。

 ようやく一息ついたと思ったら、目が据わっていた。


「みっ、湊きゅんはさぁ~、私――じゃなくて、女の人のこと見てさぁ、エッチなこと考えたりするわけぇ~?」


「あ、明日、ダメっぽいな?」


 しばらくして青ちゃんは酔い潰れた。

 心配した通りになり、翌日は二日酔いで青ちゃんは部屋から出てこれなかったので、予定を次の日に延ばすことにした。



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