第8話洞窟の王アラクネ 前

 広間までに、俺はハンドサインの確認をする。

 これがアレで、アレがこれで、と二人で何度も何度も確認し合う。


「俺がターゲットになるように動き回りますが、敵は人面グモの仲間を呼びます。一体だけじゃありません。気をつけてください。能力もワイルドボアの比じゃないので」

「う、うん……!」


 アラクネは、序盤のボスの一体で、ゲームなら戦闘中のBGMが変わるような相手だった。


 狭い通路の先が大きく開けているのがわかる。

 あそこだ。


「俺たちは、その……パートナーなので、お互いの命運をお互いが握っていることになります」

「うん。私の命綱は湊くんで、湊くんの命綱は私……」

「はい。どちらが欠けても成立しません。なので、頑張りましょう」

「はいっ」


 いい笑顔で青ちゃんが返事をする。

 ぱちん、と軽くハイタッチして、気合を入れた。


 広間に一歩入ると、腐ったようなにおいが充満していた。

 俺たちが顔をしかめていると、三つの黄色い目がこっちを見つけた。

 一見女性のように見える長い髪の毛をだらりと垂らしている。両腕は不自然なくらい細くて長い。下半身は巨大なクモそのものだった。


――――――――――

城西の洞窟の王アラクネ

LV14

HP178

SP43

――――――――――


「思った以上にキモくてしんどい……っ!」

「同レベル以下にとっては超強敵です。――行きます」


 アラクネに向かって走りだすと、下半身すべての脚を動かしアラクネが壁をよじ登っていった。

 俺もフックショットこと【≪不滅≫の粘糸】で追いかける。

 天井に糸を貼りつけ、収縮させて一気に接近を図る。


「ギシャァァァア!」


 斑模様の下半身をサソリのようにグググとまげて、ボンッ、と粘糸の塊を発射した。


 あれを食らうとしばらく動けなくなる。

 また別の場所にすぐさま移動し、アラクネの側面に回り込む。

 ハンドサインを出すと、【変調】と【呪詛】のエフェクトがアラクネを包むんだ。

 不運が起きやすい【呪詛】と効果範囲と効果時間を延ばす【変調】のコンボだ。


 まずは挨拶代わり――。


 最接近し【強奪】を使うと、チャリンと成功の効果音が鳴った。


<アラクネに10のダメージ>

<潮崎湊は[粘糸]を盗んだ>


 熟練度が上がっているおかげでもう一度仕掛けられたが、次は外れ。


「ついでに一撃!」


 ダガーで攻撃する。


<アラクネに6のダメージを与えた>

 正攻法だとこの程度かぁ。


 敵にとってはかすり傷にしかならないので、大きな反応はない。

 俺はSPのリソースを考えながら、敵が飛ばしてきた粘糸を回避。ガサガサガサ、と多脚をそれぞれ動かし、細長い腕を鞭のようにしならせ物理攻撃をしかけてくる。

 だが、「糸」を使い巧みに周囲を飛び回って避けた。


 ワイルドボアのような脳筋タイプではないとしても、レベル4以上違うボスの攻撃は、直撃すれ【盗賊】の俺は簡単に致命傷を負ってしまう。

 一発も当たることはできない。


「糸」で移動しながら広間を確認していると、割れた繭がいくつかあり、そこには冒険者の物らしき鞄や服があった。

 ああやって糸でグルグルに巻いて、生身の部分を食べるんだろう。


 すると、岩の影から人面グモが一〇体ほど姿を現した。


「「「キシャア!」」」


「うわぁあ、出た!?」


 声を上げた青ちゃんに人面グモたちが集まっていく。


 青ちゃんが危ない――!

 アラクネのタゲを取ったまま、あいつらのタゲを俺に移さないと。


 動こうとした俺に、青ちゃんが声を上げた。

「私は大丈夫だから! 湊くんは、ボスにだけ集中して!」


 青ちゃんは軽快に走りながら、敵と距離を取っている。それでも敵が飛びついてくると杖で払いのけ、放たれた粘糸は杖で防いでいる。


「ブーツのおかげで結構楽にかわせるみたい!」


【素早さ】を上げたことがここにきて効いていた。


 こういう初心者プレイヤーの成長っていうのは、何度見ても飽きないもんだな。

 ……って感慨にふけってる場合じゃない。


 青ちゃんは、俺の合図を見逃すまいと、ちらちらとこっちを気にしてくれている。

 キモいキモい言いながら頑張ってくれる青ちゃんに応えないと。


 再びアラクネに肉薄する。

 細長い腕を振って攻撃するけど、粘糸の弾速に比べれば全然遅い――。


 あとは、尻の毒針にさえ気をつければ近接戦闘は難しくない。


 こいつは、いわば中距離型で接近戦はそれほど得意じゃない。


 まずは削る!

 ダガーで斬って斬って斬りまくる。


<アラクネに5のダメージを与えた>

<アラクネに4のダメージを与えた>

<アラクネに7のダメージを与えた>

<アラクネに5のダメージを与えた>

<アラクネに5のダメージを与えた>

<アラクネに6のダメージを与えた>

<アラクネに4のダメージを与えた>


「ギュァァァァオオオオ!」


 怒声を張り上げたアラクネは、両手と余った脚で俺を捕まえようとする。

 だが、的を絞らせないように超近距離で細かく移動を繰り返す俺は、捕まえられない。

 常に敵の視界の外、外、外へ移動の連続。


 俺がちらっと見た瞬間、青ちゃんと目が合う。

 息ぴったりだ。

 サインを送り今度は、【呪詛】と覚えたての新スキル【不協和音】を使ってもらう。


――――――――――

不協和音

嫌な音が聞こえ、対象の異常耐性を下げる

――――――――――


 俺が敵の死角に回り込んだ瞬間に、デバフスキル二種類のエフェクトが発生。


 同時に【火遊び】発動。


 ダガーの根本から切っ先までが、ボッと赤い炎で包まれる。

【呪詛】【不協和音】同時使用だと、異常状態発生率は三七%まで上がる。


 これで三回に一回は火傷状態になる――。


 炎に包まれたダガーをアラクネの死角から目いっぱい振り下ろす。


「ギシャァアアア!?」


<アラクネに12の炎ダメージを与えた>

<アラクネは[火傷]を負った>

<アラクネは[火傷]で5ダメージを受けた>


 決まった!


 振り返ったアラクネが、口をぶくっと膨らませた。

 あのモーションは……。


 口から放たれたのは、細かい網目状の粘糸だったが、容易く回避する。


 モーションを知っていて、なおかつ【素早さ】が上がっている俺には、あんな大振り、まず当たらない。

 

 一〇秒に一度<アラクネは[火傷]で5ダメージを受けた>のアナウンスが聞こえる。

 一分で三〇ダメージ。

 クリティカルがなければ、ちまちまと削るしかできない俺にとって、これは非常に大きい。

 ただ、【火傷】は効果時間はランダムで、早ければ二〇秒ほどで消えてしまう。


 逆さまになったアラクネがぱっと地面に下り移動する。

 俺から逃げる気らしいが、その先には青ちゃんがいる。

 まずい。


「糸」で素早く青ちゃんの元に飛んでいき、上半身をガシッと掴んで緊急離脱させる。ついでに冒険者の鞄も掴んで、すぐ上空に逃げる。


「湊くん!」

「ボスがそばまで来てたので」

「ありがとう! ごめんね、私、SPがもうなくて」

「大丈夫です。結構削れているから、このままいけば――」


 出っ張った岩に着地し、アラクネの様子を見ると、もう異常状態ではなくなっていた。

【火傷】状態が解除されていた。


「思ったより早かったな……」


 青ちゃんが鞄から小さなビンを二本取りだした。


「湊くん、これが入ってた!」


――――――――――

SP回復ポーション

SPを二〇回復させる

――――――――――


 お互い言いたいことがわかり、俺たちは一本ずつぐいっと呷る。


「ガンガンいきましょう」

「了解!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る