第5話サプライズプレゼント


 翌日。

 二日酔いでグロッキーな青ちゃんとともに、冒険者ギルドにやってきた。

 目的は、ワイルドボア討伐の報奨金をもらうためだ。


「私……ソファで待ってるね……」


 青白い顔でそれだけ言うと、青ちゃんはソファの端に座ってぐったりと背にもたれた。

 大丈夫かな。青ちゃん。


 順番が回ってくると、俺は受付嬢に【ワイルドボアの大毛皮】を見せた。


「お疲れ様でした。ワイルドボアですね。報奨金は三〇〇〇リンとなります」


 受付嬢が用意してくれた報酬のお金を受け取った。


「ありがとうございます」

「冒険者ギルドには未登録のようですが、ご登録なさいますか?」


「お願いします。自分は【盗賊】で、後ろのソファで死にそうになってる女性【呪術使い】のパーティです」

「【盗賊】と【呪術使い】ですか?」


 受付嬢が目を剥いて驚いている。

 珍しい職業同士でほとんど見かけないし、それがパーティを組んでるんだからびっくりもするだろう。


「はい」

「近隣の森にいるワイルドボアは、レベル6という話で……お二人だけで? しかも5レベル」

「戦闘中は3でしたよ」

「3!? 倍じゃないですか!? 一体どうやって!? 前衛とは言い切れない【盗賊】と低レベルではほぼ何もできない【呪術使い】なのに」


 受付嬢が興奮気味にしゃべったせいで、周囲に話が聞こえてしまった。


「3レべルの【盗賊】がワイルドボア倒したんだってよ」

「ありえねえ。3レべルっておまえ、ワイルドボアの一撃耐えられねえだろ」

「倍レベルが離れていたら、他の職業でもワイルドボアの攻撃が直撃すれば大打撃だよな」

「細かくHP削りまくったってことか? 魔法も飛び道具もないのに、至近距離で? 死にたがりだろ。神経どうにかしてんよ……」

「低レベルだが【呪術使い】がパーティにいるんだとよ」

「だから倒せるってもんでもないだろ」


 青ちゃんも聞こえてるかな。

 ソファのほうを見ると、依然として悪い顔色のまま表情を険しくさせて、見えない何かと戦っている。

 美人が台無しだった。

 こういう場所では結構ナンパする輩がいるけど、ちらっと見てみんな距離を取っていた。

 トラブルが回避できるのはありがたいけど……残念すぎる。


「バカとハサミは使いようってことです」


 受付嬢は首をかしげた。


「?」


 何度も何度も繰り返し試してきた組み合わせだから、俺みたいなジャンキーなプレイヤーじゃないと組み合わせの妙には気づかない。

 そんな使い方するなら〇〇使ったほうが楽じゃね? って知り合いのプレイヤーにも言われたが、全くその通りで、わざわざ縛りプレイをする物好きはほとんどいなかった。


 そこから俺は自分と青ちゃんの冒険者登録を進めた。

 手続きは簡単で、職業と現在のレベルを申告するだけ。


「お二人をパーティとして登録しておきます」

「お願いします」


 パーティ登録しておくと、複数人推奨のクエストも紹介してくれるようになる。

 こうして、俺と青ちゃんはFランクの冒険者になった。


 目的が済むと、今度は鍛冶屋を目指す。


 具合がいくらかマシになった青ちゃんに、俺は冒険者ギルドのシステムを説明しておいた。


「じゃあ、あそこに行けば何かしらのお仕事があって、成功すればお金がもらえる。で、レベルやランクによってできるお仕事が変わってくる、と」

「はい。4レベル以下はまともなクエストができないので、レベルを上げておく必要があったんです」


 安全第一に考えて地道にやっていってもいいのだが、時間がかかるし面倒なので、格上を相手に戦って一気にレベルを上げたほうが効率的なのだ。


 なるほどなるほど、と青ちゃんは納得してくれた。


 鍛冶屋にやってくると、俺は真っ先に髭面の主人に素材の加工をお願いした。


「【ワイルドボアの大毛皮】と【妖精樹の欠片】……これで【妖精のブーツ】ができますよね?」

「詳しいね、お兄さん。できるよ。【盗賊】の装備品じゃないが……」


 主人はちらっと青ちゃんを見る。


「こっちの子にあげるってことかい?」

「いや、まあまあまあまあ……いいじゃないですか」


 濁したけどすぐにバレてしまった。


「お兄さん、隅におけないねえ」

「私に? アイテムいいの?」


 サプライズ的に渡そうと思ったのに、主人め。ずっとニヤニヤしやがって……。

 俺は観念して言うことにした。


「先生に使ってほしいんです」

「【妖精のブーツ】は、【魔術使い】をはじめとした後衛職が装備できるアイテムだ。お姉さんがそうなんだろ?」

「あ、はい。そうです」

「ちょっと待ってな。すぐ作るから」


 主人が店の奥に消えると、青ちゃんは俺の顔を覗き込んでくる。


「どうして私に?」

「先生に使ってほしいからです」

「売ることもできたでしょ。なんで?」

「……なんでって……」

「ねえ、なんで?」


 もしかすると、宿のベッドで俺がカッコつけて守るだなんだと言ったのが聞こえてたんだろうか。


「き、昨日の戦いのお礼みたいなもんです」

「ふーん?」

「戦闘中に他の敵が乱入することもありますから、先生が不意を討たれても大丈夫なようにです」


 釈然としてなそうな青ちゃんは、何か言いたげだったけど口を閉ざした。


「……私も何かしてあげたいな……」


 ぽつっとしたつぶやきが聞こえた。

 本人は無意識だったみたいで、口にしたつもりはなさそうだ。

 その気持ちだけで十分嬉しいし、そばにいてくれるだけで俺は頑張れるので、そういう意味では青ちゃん自身が俺のモチベーションになっている。


 俺一人だったら、パーティを渡り歩いて適当にお金を稼ぐだけのくすんだ毎日だっただろう。


 主人を待っている間、青ちゃんは店内にある見本の武器や防具を見ていた。

 やってきた他の冒険者としゃべりはじめた。

 何話してるんだろう。


 気になっていると、主人が奥からアイテムを持って戻ってきた。


「ほいよ。【妖精のブーツ】。三〇〇〇リンってところだが……まあ、おまけで二六〇〇にしとくよ」

「ありがとうございます」


――――――――――

妖精のブーツ 防御+4 魔防+4 素早さ+6

後衛職用の足元の装備品。

軽くて丈夫。足が速くなるのが特徴

――――――――――


 本気で効率を求めるなら、加工は防具じゃなくて武器の一択だった。

 けど、青ちゃんは俺にとってこの世界で生きるモチベーション。

 万が一に備えることも大切だ。


「これください」


 隣にやってきた青ちゃんが、主人に商品を渡した。


「お? これは……」

「あー。ちょっとちょっと、シーッ、シーッでお願いします」

「ワハハ。わかったよ。三五〇〇リンね」

「はい」


 青ちゃんが買ったあれは……。

 自衛を考えているんなら、俺に相談してくれればいいのに。

 先生だから生徒に頼りっぱなしなのも気が引けたのかな。


「先生、これ、履いてください。今より装備がマシになるので」

「うん。ありがとう」


 青ちゃんが履いていたのは、上履き用のスニーカーだった。学校の中にいた状態から召喚されたので、そのままだ。ちなみに俺も上履き用のほどほどに動きやすいスニーカーである。


 青ちゃんのスニーカーは、ボロボロになっていた。知らない土地で慣れない森歩きなんてやったせいだ。それでも文句ひとつこぼさなかった。


 青ちゃんがそっと足をブーツに入れるとサイズはぴったりだった。


「あ。すごくイイ感じ!」

「良かったです」

「ちょっと動かないでね?」

「あ、はい……?」


 青ちゃんは顔を近づけて両手を俺の首の後ろへ回す。

 ぱっちりした瞳に長いまつ毛。薄い唇は真面目そうに閉じられている。

 至近距離ではこれ以上見ることができず、俺はすぐに目をそらした。


「よしっと」


 声がして青ちゃんが離れていく。

 俺の胸元にはエメラルド色の小さな石があった。


「これ、さっきの」


 青ちゃんが買ったばかりの【風魔石のネックレス】だ。


――――――――――

風魔石のネックレス(素早さ+3)

小さな風の魔石がはめ込まれたネックレス

――――――――――


「湊くんにあげる」

「いいんですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます! あの、俺……こんなふうに女の人からプレゼントもらったの、はじめてで、めっちゃ嬉しいです……!」


 感激して思ったことが口からすぐに出てしまう。


「はじめてなの? 何それ、可愛いっ……。お、おほんっ。ええっと……先生も、ほとんど男の人にプレゼントしたことないから、アレだったんだけど、私も喜んでもらえて嬉しい」


 さっき冒険者としゃべってたのって、これを買うためだったのか?


「【素早さ】が大切でどうこうって言ってたから、それが上がるアイテムにしようと思って」

「ありがとうございます。大切にします」


 小さな風の魔石を手の平に乗せてまじまじと眺める。

 ゲーム上では大した装備品じゃないのに、こんなに嬉しいなんて。


 プレゼントくれるなんて……先生、俺のこと好きなのでは…………?

 胸を高鳴らせながら、青ちゃんをじっと見つめる。


「ええっと、ぱ、パーティだからね。変な勘違いしないでね。とくに意味はないから。湊くんに何かあるってことは、私にも何かあるってことだし……」

「あ、そういうことでしたか」


 好きなわけないよな。うん。


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