第4話リザルト


「湊くん――!」


 青ちゃんが駆け寄ってきて、俺の手の傷を見て手当てしてくれる。


「安心してください。ポーション飲めば良くなるんで」

「そうかもだけど、手がボロボロ……」


 青ちゃんは辛そうに美貌を歪めると、うっすらと目に涙を溜めた。


「無事で良かった……!」

「大丈夫だって言ったじゃないですか」

「それでも、ヒヤヒヤしたんだから」


 俺は所持品からポーションを選んで、ぐいっと飲む。

 傷口が淡く光ると、痛みは残るもののすぐに血が止まった。


「先生を置いて死んだりしないですよ」


 明るくて前向きでなんでも上手くやりそうな人だけど、それは普通の世界での話。

 この世界に一人残して死ぬなんて、死んでも死にきれない。


「湊くん。カッコよかったよ」

「……そ……そっすか……」


 照れを噛み殺すので精一杯だった。


「あんまり役に立てなくて、ごめんね」

「そんなことないですよ。【呪術使い】のスキルにはかなり助けられてます」

「それなら良かった。さっそくだけど、もうクタクタだよ、先生。主にメンタル的に」

「SPもないですし、レベル的にもお金的にも今日は十分です」


 こうして、森に入ってわずか三〇分ほどで街に帰ることになった。





 街に戻ると、森でワイルドボアに追われていたあの人を探すことにした。


「あの男の人、なんで追いかけられたんだろう?」

「ワイルドボアの縄張りにほしい物があって、それで森に入ってたとかで……」

「それも知ってるんだ?」

「細部は違うかもしれませんが」


 そう前置きして、ひとまず食事をすることにして食堂に入った。

 そこに例の男がいた。


「あー! さっきの! 無事だったかい?」

「ええ、おかげ様でどうにか」


 俺はにこやかに対応しているけど、青ちゃんは「強敵をなすりつけてきたヤツ」という認識らしく、いい顔はしなかった。


「君たちのおかげで助かったよ。これ、森の奥で採取してきた【妖精樹の欠片】だよ。お礼にもらってほしい。役に立つといいけど」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 俺たちは固く握手を交わし、会話を適当に切り上げて離れた席に着く。料理を注文すると青ちゃんが口を開けた。


「いいものだったの? もらったアイテム」

「はい。武器や防具の素材になる貴重なアイテムなんです。なんでわかったんですか?」

「湊くんが、いい笑顔だったから」


 向かいの席で頬杖をつく青ちゃんは、にこやかに喜色を浮かべている。


 さっきの戦闘で手に入れた【ワイルドボアの大毛皮】と【妖精樹の欠片】で防具がひとつできる。

 もしくは、【突き刺さりし刃】と【妖精樹の欠片】で武器が作れる。


 悩んでいると、頼んだ料理が運ばれてきた。

 食べはじめると、青ちゃんがステータスを広げた。


「私もレベルが上がったみたい。熟練度もついでに」


――――――――――

中林青葉

職業:呪術使い

LV:5

HP:13

SP:28

攻撃:4+1

防御:6

魔攻:6+1

魔御:14

素早さ:5

称号:ハードラッカー

スキル:呪詛(E-)変調(E+)

――――――――――


【呪い】が進化して【呪詛】に変わっている。


――――――――――

呪詛

ごくわずかな時間、対象に不運がより起こりやすくなる。

――――――――――


 これで【強奪】でアイテムを奪う確率とクリティカル発生率がさらに上がる。


【盗賊】一人だと、格下相手にちまちまと斬りつけるだけしかできないのに【呪術使い】がバックにいることで、クリティカルによるダメージの上振れが期待できるようになる。

 これは大きい。

 それと【ハードラッカー】の称号も得ていた。


――――――――――

ハードラッカー

不運が効果を上げたとき、リンを得る

――――――――――


【呪い】などによって低確率行動をパーティ内で何度も成功させたときに得られる称号だ。

 システム音声だけだと説明が不十分だから、俺は改めて青ちゃんに新しいスキルと称号を説明する。


「――ってことは、湊くんが盗みを働くと」

「言い方、言い方」

「私にお金が入ってくるっていうシステム?」

「そういうことです。言い方はアレですけど」

「湊くんに盗みをさせて私は対価としてお金を得るって、完全にヤバい人だね」


 口元に手をやった青ちゃんは、くつくつと堪えきれない笑いをこぼす。


「共犯っていうよりも実行犯と首謀者って感じですね」

「だね」


 二人して笑い合う。

 さっきの戦闘の緊張が溶けたせいか、他愛もない時間がめちゃくちゃ楽しく感じる。


 作成するのは武器か防具で悩んだけど、防具にしよう。

 受け取ってくれるかわからないけど、俺の一番大切な人にあげよう。


 青ちゃんは、笑い過ぎて出た涙を指先ですくう。

 じゃれるように俺の足をつんつんとつついてきた。


「湊くんといると、すっごく楽しいかも」

「お……俺もです」


 青ちゃん、もしかして俺のこと好きなんじゃ――。

 ドキドキしていると、ス、と青ちゃんが挙手して店員さんを呼ぶ。


「このエールってやつお酒ですか? お酒? じゃ、三杯ください」

「ちょ、先生!」


 クッ、油断した!


「ちょっとだけ。ちょーっとだけ。ひとなめだけ! ……ね?」


 可愛く首をかしげてもダメだ。


「ひとなめで済ます人は三杯も頼みませんよ!」

「昨日飲んでないんだよ!?」


 迫真の表情だった。

 そんな深刻なことなのかよ。


 まあ……食べる量は俺よりも少ないし、戦闘面では大助かりだ。

 素直に言えば一杯くらい頼んでもよかったのに。一杯だけど。


 店員さんが運んできたジョッキを持ち、青ちゃんはグビグビグビグビっとやる。


「んんんんんんん――だっはぁぁぁぁぁああああ」


 派手な歓声を上げる青ちゃん。家ではこうなのかな。ジョッキ、もう空になってる。

 俺も一杯もらうことにした。


「ああ、味はゲームと一緒なのか」

「あー! 未成年なのにお酒飲んでる!」

「ゲームの世界ではよく飲んでたのでいいんです。酔いつぶれることもないし――」

 言い終えたところで強烈な酒気が喉から鼻に抜ける。

 こ、こういうところはリアルなんだな。

 二口目を飲んでそれ以上は口をつけないでおいた。


「いらないならもらうよー?」


 俺が飲んだジョッキに手をつける青ちゃん。

 間接キスとか気にしないのか……!?

 お、大人だ……!


「先生と、間接キス、しっちゃったね?」


 酒で火照った赤い頬と潤みを帯びた瞳。

 蠱惑的な表情が、俺を捕まえて離さない。


「べ、別に……それくらい、大したこと、ないでしょ」


 目をそらしながら言ったせいか、青ちゃんは終始ニヤニヤしていた。

 エールのアルコールは、青ちゃんが思ったよりも強かったようで、三杯飲むともうヘロヘロになってしまい、椅子から転げ落ちそうになっていた。


「先生、帰りましょう」

「うん……」


 会計を済ませ、昨日の宿まで青ちゃんに肩をかしながら歩く。


「歩けない……」

「でも、このままじゃ」

「おんぶ。お願いっ」


 酔っぱらった美人教師が甘えてくるのって、これ夢なのか。


「仕方ないですね」と言いながら、俺は青ちゃんを背負う。

 むにん、とおっぱいの感触が背中にあったのは言うまでもない。


「飲みすぎちゃった」

「休みましょう、今日は」


 宿についてベッドに寝かせるまで、ずっと青ちゃんはご機嫌だった。


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