第3話レベル倍の森の突進王
翌日、俺たちは近隣の森にやってきていた。
位置づけとしては、チュートリアルが終わって最初に来る森なので、そこまで緊張しなくてもいい。
「な、なんか、薄暗くて怖いね?」
怯えながら俺にくっつく青ちゃんは、ちびちびと歩く。
「ゲームよりも薄気味悪さが増していますね」
くっついている青ちゃんの胸が腕に当たってるので、索敵にまったく集中できない。
そのおっぱいどうにかなりませんか。
それを昨日揉んだって考えると、余計気が散ってしまう。
「敵が出たら、今朝打ち合わせ通りのやり方で戦いましょう」
「うん。ハマるといいけど……」
「大丈夫です」
「湊くんって、本当に心強いね」
「……いや、まあまあまあまあ……俺かじってたので」
「あ、照れてる」
美人の先生におっぱい腕に当てられながら褒められて、照れないやつはいないだろう。
そんなときだった。
「ぎゃぁぁぁああ!?」
人の悲鳴がすると、獣の呻き声が聞こえた。
すぐに奥のほうから中年男性が血相変えて走ってくる。
「あ、あんたら、逃げたほうがいい――!」
「ブルギャフゥゥゥッ!」
男を追ってきていたのは、魔獣ワイルドボアだった。
――――――――――
ワイルドボア
LV:6
HP:46
SP:0
――――――――――
ゲームでサイズ感は知ってるけど……実際見るとかなりでかいな。
小さな山が動いているみたいに見えて、それが猛スピードで突進してきている。
ワイルドボアは、突き出ていた枝を体でへし折り、腐葉土を蹴り上げ、邪魔な岩を牙で弾き飛ばしていた。
「レベル6!? 湊くん逃げよう。あんなにおっきな敵……」
「戦いましょう」
「私たち3なんだよ? 倍だよ!?」
「いえ、勝てます。倒せれば他に敵を探す手間も省けますし、効率がいいので」
表示こそされていないが、ゲームのワイルドボアのステータスなら頭に入っている。
【盗賊】と【呪術使い】のコンビなら勝ち目は十分ある。
それに、あの男はたしか――。
「やりますよ! 先生、打ち合わせ通りにお願いします!」
「うぅ~。えええい、もう! 危なくなったら逃げてね! 絶対だよ!?」
「はい」
情報を知っていても、レベル差の不利は否めない。
それに、俺は他の使い勝手のいい前衛職じゃないから、敵の攻撃が当てれば間違いなくワンパンで死ぬ。
……腰の武器が、こんなに心細く感じるとは。
「ブルルルルルギャヒイイイ!」
なおもこちらに突進してくるワイルドボア。
逃げろと忠告してくれた男は、俺たちとすれ違い、森の出口のほうへ逃げていく。
俺は、ぱちんと両手で頬を叩いて気合を入れ直す。
ダガーを逆手で抜き、突っ込んでくるワイルドボアに立ち向かった。
――出し惜しみはなしだ。
手で合図を送ると、見ていた青ちゃんが【呪い】スキルを使う。
黒い煤のようなものがワイルドボアを一瞬包む。
熟練度が上がったことで、エフェクトがやや変わっていた。
「ギャヒイ!」
俺と青ちゃんの存在に気づいたワイルドボアは、標的をこちらに変更した。
間髪入れず、俺は【盗む】を発動させる。
チャリン、と効果音が鳴った。
<[獣の牙]を盗んだ>
あと一回いける――。
【盗む】の熟練度が上がったことで、次発動までの隙が減っているのだ。
「ブルゥォオ!」
すくいあげるようなワイルドボアの攻撃を回避する。
俺は敵の懐に入ってもう一度【盗む】を使った。
すると、ジャンッ、とさっきと違う効果音が鳴る。
これは、レアアイテムを盗んだときの――。
<[突き刺さりし刃]を盗んだ>
――――――――――
突き刺さりし刃 攻撃+8
装備すると装備者のHPに毎秒1のダメージ。
素材としても使える。
――――――――――
デメリットはあるが、ダガーよりも攻撃力が上がる。使わない手はない。
俺は即座に装備品を交換する。
テンパってミスるかもしれないが、俺は落ち着いたもんだった。敵が目の前で攻撃しようとしていてもだ。
「ブルォオ!」
敵が牙を振るう。
ブオン、と空振りさせて、俺は青ちゃんに別の合図を送った。
すぐに薄紫のエフェクトがワイルドボアを包む。
青ちゃんの新スキル【変調】だ。
――――――――――
変調
スキルの効果範囲をわずかに広げ、効果時間をわずかに延ばす
――――――――――
新スキルを覚えたのは俺だけじゃない。青ちゃんもだ。
直後に【呪い】が再びワイルドボアに使われた。
これで、さっきよりも長めに【呪い】が続く。
続けて、俺は【騙す】を使い、隙を作りクリティカル威力を上げておく。
すぐにワイルドボアは戸惑ったように動きを止めた。
ぎゅっと刃を握りしめる。手の平から血が流れる。痛いが構やしない。
「オォォァァァアア!」
そんなキャラじゃないっていうのに、このときだけは腹の底から声が出た。
刃で隙だらけのワイルドボアを攻撃する。
斬って、斬って、斬って、斬りまくる。
<ワイルドボアに5のダメージを与えた>
<ワイルドボアに4のダメージを与えた>
<ワイルドボアに5のダメージを与えた>
<ワイルドボアに5のダメージを与えた>
<ワイルドボアに4のダメージを与えた>
HPは削れてるけど、まだ全然だ。大きなダメージにはならず敵は微動だにしない。
【騙す】を再度使った。これでSPが切れた。
<ワイルドボアに4のダメージを与えた>
<ワイルドボアに5のダメージを与えた>
ゲームならなんともないのに、ワンパンで死ぬリアルだと、この『削り』の時間が怖くて仕方ない。
おまけに【突き刺さりし刃】のデメリットでHPがどんどん減っていく……!
ポーションを飲む暇はない。
ここを逃せば、SPの都合上俺も青ちゃんも今の状況はもう作れない。
クリティカルなんて、所詮は確率。攻撃しまくることでしか発生させられない。
やばいな。そろそろ【騙す】の効果が切れる。一旦引くしかないのか……!?
弱気になったその瞬間だった。
キィン、と待ち望んだあの音が聞こえた。
「ッ!」
ほんの少しずつ減らし続けたワイルドボアの残りHP、俺の攻撃力、クリティカル補正――。
「食らえ――――ッ!」
渾身の力でワイルドボアを攻撃する。
<ワイルドボアに15のダメージを与えた>
「ブルヒィィィ――ンッッ…………」
悲鳴を響かせると、ワイルドボアはパキン、と粉々になって消えた。
「はあ、はっ、はぁ……」
肩で息をしながら、俺は腰を下ろした。装備はダガーに戻しておくのも忘れない。
クリティカルダメージ、たったの一五……。
レベル差あったとはいえ、攻撃力とスキルで威力を上げたのに。
「そうそう……これこれ。この絶望的な火力が【盗賊】なんだよな……」
苦笑いが思わずこぼれた。
<潮崎湊は48の経験値を得た>
<レベルが2上がった>
<スキル[盗む]の熟練度がAになった>
<スキル[盗む]の熟練度がAになり、新たに[強奪E-]に進化した>
<スキル[騙す]の熟練度がE+になった>
<称号[臆さぬ盗賊]を得た>
<ワイルドボアから[ワイルドボアの大毛皮]と一五〇〇リンを得た>
――――――――――
臆さぬ盗賊
素早さ10%増加
――――――――――
強敵の至近距離にいた時間が一定時間超えるともらえる称号だ。
これは職業ごとに効果は違っていた。
他のステータスを上昇されても焼け石に水みたいなもんだけど、素早さの上昇はかなり助かる。
加えて、レベル倍の敵を倒したこと、レアアイテムを盗んだことで【盗む】の熟練度が大幅に上がった。
おかげで【強奪】に進化した。これでもっと楽に格上と渡り合えるはずだ。
――――――――――
強奪
敵の所持品を低確率で盗む。
成功時レベルと同数のダメージを与える
――――――――――
――――――――――
潮崎湊
職業:盗賊
LV:5
HP:25/25
SP:0/10
攻撃:7+3
防御:4
魔攻:2
魔御:3
素早さ:12+1
称号:臆さぬ盗賊
スキル:強奪(E-)騙す(E+)
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