第2話底辺職パーティの異世界初日
賑わう城下町を、俺は勝手知ったる地元のようにスイスイと進んでいく。ここなら目をつむっても目的地に行ける自信がある。
ゲームの世界だと思っていたけど、実は勘違いかもしれない――。
そう疑ったが、城下町はやはりよく知った街並みで、遠くに見える山並みもゲームのグラフィックそのまま。
やっぱりここは『ガーディアンズ』の世界で間違いなさそうだ。
色んな職業で何週もしてしまった俺は、敵を倒すことに飽きて初心者を助けるサポートキャラで序盤の街をうろついたり、アイテム探しの旅をしたり、広大なゲーム世界の色んな風景を見てきた。
俺はここがゲームの世界で、そのゲームをやり尽くしたことを青ちゃんに説明する。
「ここは潮崎くんがよく知っているゲームの世界で、働くより戦ったほうが稼げるってこと?」
「はい。ブラック労働なんて当然で、奴隷の売買が行われる世界ですから。中世ヨーロッパ時代の社会構造がイメージに近いかもしれません」
思い浮かべた青ちゃんは、表情を曇らせる。
「なるほど……ヤバそうだね。でも、私に戦うなんてできるかな……?」
「俺と組むのであれば、【呪術使い】は後ろからスキルを使ってくれるだけで大助かりです」
「戦わなくていいんだ?」
「一般的な戦闘ではないですが、それが【呪術使い】の戦いです」
「よ、よし……とりあえず、頑張ってみる」
もっとヘコんでいて、資金が尽きるまで動けない、なんてことも考えたけど、青ちゃんは前向きで切り替えが早いみたいだ。
「一〇万なんてすぐになくなってしまうので、先行投資ということで、まずは二人の武器だけ揃えようと思います」
「オッケー」
夢だ夢だ、と喚いていた青ちゃんだけど、受け入れはじめると素直に状況を呑み込むようになっていた。
装備屋にやってきた俺たちは、軽装職の武器であるダガーと後衛職の武器である杖を購入した。二つ合わせて三〇〇〇リン。
「防具とかあったけど、買わないの?」
「最低限なので、今はこれだけで十分です。防具はもう少しお金に余裕ができてからにしましょう」
俺はおまけにもらったホルダーを腰に巻いてダガーを差す。青ちゃんは杖を後生大事に胸に抱いていた。
「改めて、俺とパーティ組むってことでいいんですか?」
「うん。私、右も左もわからないし……潮崎くん、なんかすっごい頼りになるし信用してるから」
ニコっと整った顔に笑みを浮かべる青ちゃん。控えめに言って女神すぎる。
年上のお姉さんにこう言うのは違うかもしれないけど、庇護欲のようなものが湧いてきた。
俺が青ちゃんを守らなければ、という気になる。
何も知らない超初心者に対する玄人プレイヤーの責任感というのもあった。
「そ、そうですか。ガンバリます……!」
「なんか顔赤いよ?」
ふふっと笑みをこぼす青ちゃんは、いたずらっぽく口元をゆるめた。
「可愛いところあるんだね」
青ちゃんが俺をからかってくる。
クソ……嫌じゃない……。
俺は、おほん、と仕切り直す。
「まずは、レベルを上げましょう。敵を倒すと強くなりますし、お金やアイテムがドロップするので、生活資金の確保にもなります」
「どこに行ったらいいのかな。ここにはいないよね?」
「はい。城下町を出てすぐの平原に向かいましょう。下級の魔物と遭遇しますから」
「りょっ」
ふにゃっとした敬礼をする青ちゃん。
「俺と組んだ以上、絶対に不憫な思いはさせませんから」
初心者プレイヤーを助けるときと心境は同じだった。
俺に助けを請うたのなら、絶対に後悔させない――。
「もうっ……先生、今ちょっとキュンとしたかも」
照れたように笑う青ちゃんは、肩をつんとぶつけてきた。
見た目以上に細い肩だった。清潔なシャンプーの香りが鼻先をくすぐって、どきっとしてしまう。
俺は先生としての青ちゃんしか知らない。
もしかすると、プライベートの彼女はこんなふうにフレンドリーなのかもしれない。
目的地に向かっていると、青ちゃんが人混みではぐれそうになっていた。
「あの、先生。て、てててて、て、て、つつつなつなつな、はぐ、はぐれる……ので……」
「うん、そうしよっか」
すっと青ちゃんが俺の手を握った。
ふわりとした柔らかい手。細い指が俺の指をしっかり掴んでいる。
年上だからこういう経験も豊富なんだろうなと思って青ちゃんんを見ると、ちょっと恥ずかしそうだった。
「生徒と手繋いじゃった……」
「は、はぐれると、アレなので。スマホもないので、連絡が、アレなので……」
「だ、だよね。変なアレじゃないもんね」
結局、城下町を出るまで手は繋ぎっぱなしだった。
平原にやってくると、俺は自分の能力と青ちゃんの能力について説明した。
――――――――――
スキル:盗む
対象の所持金やアイテムをごくわずかな確率で盗む。
――――――――――
――――――――――
スキル:呪い
ごくわずかな時間、対象に不運が起きやすくなる
――――――――――
「俺たちのスキルはこんな感じです。【盗賊】はスピード型で逃げたり回避したりも得意です」
「攻撃は、あんまりなんだね?」
「はい。ダガーで斬りつける程度ですね」
「そっか。不運って?」
「攻撃が急所に当たりやすくなる……いわゆるクリティカル率をかすかに上げる効果があります」
不遇職同士だけが組むことはほぼいないので、ごく一部のプレイヤーにしか知られていないが、クリティカル率の他に、【盗む】の成功率が上がる。
【呪術使い】を選ぶプレイヤーがいないのは、初期スキルが使いにくいのと効果時間の短さが原因だった。【盗む】に効果があるせいか、ドロップ率に無関係というのも、使えないと言われるひとつだった。
だが、【呪術使い】の【呪い】は【盗賊】にのみクリティカル率がほんのわずかに優遇されるのだ。
ふたつを不遇職にしてしまった開発側の罪滅ぼしみたいなもんだと俺は思っている。
十分な知識があれば、クリティカルで殴ることも可能だから【盗賊】と【呪術使い】がニコイチであれば、俺は超優秀な職業だと思っている。……まあ、そもそもの攻撃力が低いのでクリティカルといっても高が知れているが。
まず運用の前提として、二つとも根性と時間と知識が必要な職業であるため、上級者でもガチで使う人はいない。
「キキュー」
聞き覚えのある鳴き声に目をやると、グランドラットというネズミ型の魔物が姿を現した。NPCや魔物はステータスが見えるので、確認しておく。
――――――――――
グランドラット
LV:2
HP:14
SP:3
――――――――――
思った通りのステータスだった。詳細は撃破経験がないとわからないのもゲーム通りだ。
「先生は、【呪い】のスキルを離れたところからあのネズミに使ってください。俺がそれに合わせて攻撃します」
「ごくわずかな時間しか効果がないけど、大丈夫?」
「大丈夫です。俺なら合わせられます」
SPの関係上、先生がスキルを使えるのは五回ほど。
倒せなくても、【盗む】が成功すれば上出来――。
「気をつけてね」
「はい」
俺はグランドラットに向かって走りだす。
「潮崎くん――今!」
先生の声と同時に、グランドラットにスキル発動のエフェクトが現れる。
意に介さず敵が俺に飛びついてくると、すれ違いざまに【盗む】を発動させた。
チャリン、と音が鳴る。
<ラットの前歯を盗んだ>というシステム音声が聞こえた。
成功だ。
続けて、俺は敵の背中をダガーで斬りつける。
「ギャヒ!?」
<グランドラットに4のダメージを与えた>
怒った敵が前歯を剝き出しに再び飛びかかってくる。
【盗賊】のスピードなら、グランドラットの攻撃を回避するくらい余裕だ。
身軽にステップを踏んでかわすと、青ちゃんの合図が聞こえた。
ダガーを順手に持ち替え、隙だらけの敵の脇腹目がけて突き出すと、キィン、と甲高い音声が聞こえた。
クリティカル確定の効果音だ。
俺のダガーがグランドラットにヒットする。
<グランドラットに10のダメージを与えた>
「ギュゥゥゥ――!?」
断末魔の声を上げたグランドラットは、パリン、と音を立てて粒子になって消えた。
<潮崎湊は5の経験値を得た>
<レベルが1上がった>
<スキル[盗む]の熟練度がD-になった>
<グランドラットから小さな毛皮と二五〇リンを得た>
「倒した! 潮崎くん、すごいじゃん!」
「先生のスキルが効きました」
「良かったぁ……。潮崎くんにもし何かあったらって思ったら、怖くなっちゃって……」
青ちゃんは、俺のことが心配だったし不安だったみたいだ。
「大丈夫ですよ。プレイ時間と経験は伊達じゃないんで」
「さっきからなんか声聞こえるんだけど、これって……?」
「気にしないでください。ただのシステム音声ですから」
「あ、良かった。私だけ聞こえてる変なメッセージかと思った」
「俺にも似たようなものが聞こえてます。スキル熟練度が上がったので次はもっと上手くやれるはずです」
「熟練度?」
「上がっていくと、次同じスキルを使うインターバルが短くなります。上がりきると上位スキルに進化するものもあるので、使い込んだほうがいいものとそうでないものがあるんです」
盗んだ素材とドロップした素材を売れば、八〇〇リンの稼ぎになる。時間効率を考えれば、多少リスクがあるけどいいバイト代わりになる。
「この調子で敵を倒していきましょう」
また一体グランドラット(今回はレベル3)を見つけ、青ちゃんにスキルを使ってもらい【盗む】を成功させ、同じやり方で撃破した。
<潮崎湊は7の経験値を得た>
<レベルが1上がった>
<スキル[盗む]の熟練度がDになった>
<スキル[騙す]を覚えた>
<グランドラットからラットから毛針と四〇〇リンを得た>
――――――――――
スキル:騙す
対象にわずかな隙を作る。スキルにより隙ができている間だけクリティカル時攻撃力一〇%上がる。至近距離に限る
――――――――――
【騙す】は至近距離でしか使えないため【盗賊】が敵のそばにいると仲間の邪魔になるため、支援スキルとしては使えないが、自分用としては十分役に立つものだった。
――――――――――
潮崎湊
職業:盗賊
LV:3
HP:16/16
SP:1/7
攻撃:5+3
防御:3
魔攻:2
魔御:2
素早さ:10
運:6
称号:召喚されただけの少年
スキル:盗む(D)騙す(E-)
――――――――――
レベルが上がっても、上限だけ増えてSPは回復しないのもゲーム通りだ。
SPがなくなったので、今日はこのへんにしよう。
城下町に戻ってくると、素材を売ったお金で二人分のホットドッグをテイクアウト。
次は、宿探しだ。
「これは、宿の部屋で食べましょう」
「お酒は……?」
「そんな余裕、あると思いますか?」
「だよねぇ……」
「レベルも上がりましたし、明日は平原じゃなくて森に行って、手応えのある敵と戦いましょう。倒したら今日より実入りがいいので」
「よし……。明日も頑張らないと!」
城にいるときは嫌がっていたのに、順応するのは早いらしい。
ひとまず、青ちゃんと俺の衣食住を安定させることが当面の目標だ。
そのためには、冒険者になってクエストを消化する必要がある。
一定レベルまで育った【呪術使い】は、序盤の低級エリアならありがたがられるので、仕事に困らなくなるしパーティを組むことで安全度は増す。
そこを一段落と考えていいだろう。
俺は、一人でどうとでもなるし。
俺たちは格安宿を見つけ、泊まることにした。
部屋にやってくると、青ちゃんは目をぱちくりさせる。
「ベッド、ひとつ……?」
「はい。贅沢できないので。俺は床でいいので、先生はベッドで寝てください」
「でも……潮崎くんのほうが疲れてるでしょ?」
「俺のことは気にしないでください」
「でもなぁ……。ううん……」
悩みに悩むと、青ちゃんは頬を赤くして俺をちらっと見る。
「……あの、ベッド、半分こ、しゅる?」
噛んでいた。
「半分こ、する?」
言い直した。
「…………しゅる」
「あ――――! 今エッチなこと考えたでしょ!?」
「か、考えてないですよ!」
考えていた。考えるなってほうが無理だろ。
「生徒に戦わせて、私は安全な後ろでスキル使うだけで……なのに私がベッド使うのもなんか申し訳ないなって」
「本当に、気を遣わなくてもいいですよ」
「ううん。潮崎くんが大黒柱なんだから、きちっと休んで明日に備えてほしい。休むのも、仕事のうちなんだから」
へへん、と得意げに大人ぶってみせる青ちゃん。
俺が折れることになり、ベッドは分け合って使うことになった。
二人並んでベッドに座り、買ってきたホットドッグを食べる。
「新しいスキルを覚えたみたい」
「【変調】ですか?」
「そうそれ。どういう効果なの?」
「簡単に言うと、スキルの効果時間の延長と範囲を広げるスキルです」
「なるほどねー」
空腹だった俺たちはすぐに夕飯を食べ終え、早々にベッドに入ることにした。
青ちゃんと同じベッド……。緊張しないわけがない。
俺は青ちゃんに背を向けて横になった。
「ねえ、潮崎くん。湊くんって呼んでもいい?」
「いいですよ」
「明日もよろしくね、湊くん」
「はい」
もぞもぞ、と背中のほうで青ちゃんが身動きするのがわかる。
「不安で不安で、心細かったけど、湊くんがいてくれて良かった。じゃないと私、野垂れ死にしてたと思う」
「感謝されるようなことは何もしてないですよ。初心者を導くのが上級者の務めだと思ってますので…………先生は、俺が、まっ、まま……もり、ます……」
カッコつけたことを言おうとすると、慣れないせいでめちゃくちゃ詰まった。
反応が気になってそっと青ちゃんのほうを覗くと、寝てた。
寝るの早ぁっ。
上着を脱いでシャツのボタンを外して楽にしている青ちゃんの胸元がしっかりと目に入り、俺は慌てて元の体勢に戻った。
寝るときって、ブラジャーつけないのか……!?
ベッドを半分貸してくれたのに、そのせいで熟睡できなかった。
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