第17話 初めての…

―――8月20日 11:10 快晴 気温41度


「みんなーっ金は持ってるかー?」

登がトレカショップの前で叫んだ。僕はお小遣いに余裕があるので持っている。

「あるならみんなでこれからハンバーガー屋いかねーかー?」

「オッケー!!」

「いいぜ!」

僕ももちろん乗った話だったが、気がかりな点を吐露した。

「こんなクソ暑い中、ハンバーガー食うのかよ?」

「冷た~いシェークがあるから大丈夫!それに店内はずっと涼しいしな」

そう言う事ならいいだろう。僕も同行することにした。

再びアスファルトから来る放熱と戦いながらも、やっとバーガー屋にやってきた。メニューが沢山ありすぎて何にしようか迷ったが、月見バーガーとシェイクにした。友達もそれぞれ頼む中、番号を受け取り商品を待つ。間もなく商品がやってくる。僕は商品を受け取り、皆で座れるようにソファ席に座った。さもしい朝食の後だから腹は減っている。口をあんぐり開けて月見バーガーを食べようとした時、僕の頭の中に衝撃が走った。

トレーには紙が敷かれている。その紙にリカが笑顔でハンバーガーを食べている姿のプリントがされているではないか!いくらなんでもプロデューサーは手早すぎだろう。と、いうことはこのバーガーのCMにもでるのか?

僕は頭を冷やすためにシェークを一気に流し込んだ。

「どうしたんだ?お腹壊した星人2号か?」

「シェークおかわり!」

「ど、どうしたんだよ急に…」

隣の席のJKが紙を見てはしゃいでいる。

「この子、かっこかわいいわよね」

「ねー」

僕は赤面し、シェークも取りにいけなかった。とにかく彼女の出世が早すぎて、到底僕はついていけなかった。

紙に映っている、友達でも彼女でもない誰か…。

月見バーガーを2杯目のシェークで何とか流し込むと、僕はだまって店を出た。

「あ、おい!」

友人の声も聞かずに、まっすぐそのまま家路についた。野外フェスの時に彼女はCD契約と配信契約とCM契約まで結んでいたのか…。偉そうな事を言うけれど、そのぐらいの素質のある子だし、ギターもうまいし。なによりあの小悪魔のようなあの美貌…。僕の相手にある人なんかじゃないんだ。そうに決まってる。そんな事をブツブツと呟きながら家に着いた。

ぼんやりと自宅の2階で、ネットをしていた。リカはネットニュースにもなっていた。『新しいポップアイコン』と書かれている。意味は分からないが褒められているんだろう。どうせ彼女の胸ばかりを見て単純に評価してるのとばかり思っていたが、そうでもないらしかった。それから何だか頭が真っ白になった。


―――8月20日 16:30 快晴 気温38度


ネットをしていたつもりだったが、ついウトウトしていたようだ。だが後頭部が妙に柔らかい。頭を上げて驚いた。リカの膝枕だったのだ!

「こんな時間におねむなのん?」

「リカ…なんでここに!?」

「へへーん。打ち合わせが全部終わったからです~」

無邪気ないつもの彼女がそこにいた。革ジャンにギターケース。服装も一番似合う恰好だ。

「どうせろくなもん食べてないでしょ?お祝いに焼肉でも食べにいかない?」

「お祝い…ってリカの契約の事か。今日バーガー屋で驚いたよ」

「あ、もう行っちゃった?色々と早い時代になったよ、さ、行こ」

腕を引っ張られる。

「待って準備があるんだから」

青い帽子を被り、お小遣いをありったけ入れた。

「おごるから心配しなくていいよ」

彼女は観音様の如く笑顔を見せてくれた。彼女は、もそもそとあるものを取り出した。

「じゃーん!どうこれ、似合うかな」

何と僕とオソロの青い帽子だった。

「これからは必要になると思ってね♪」

すごく似合っていた。でもこれってもしかして…。


―――8月20日 18:10 快晴 気温36度


僕らは焼肉店に来た。18時ともなると多少体感温度は涼し目だ。

リカは俄然張り切って言った。

「食べ放題だかんね~どんどんいっちゃってね!」

焼肉が食べ放題。そんなものが世の中にあったのか。天にも昇る気持ちで入店する。すでに中に居た社会人と思われる女子会の中の1人が、

「あれ、リカちゃんじゃない!?」

と奇声を上げる。

「へへ…ど~も」

「きゃ~!!もう会えるなんて!しかもこんな場所で!」

ふくよかな社会人はリカにサインを求めた。リカは素直に応じる。

「これからもよろしく~」

「きゃ~!!」

「2名様お席こちらです」

店員が案内してくれる。席についたなら、もう思いのほか肉をめいっぱい食べるしかない。僕らは頼むだけ頼んでしばし無言で肉に食らいついた。リカもこう見えて肉食系だ。以前ステーキを3枚食べたことのある彼女だ。僕は僕で絶賛食べ盛り中だ。いくらでもお腹に入った。

もはや終盤となった所で、リカが切なげに言った。

「…もう『ファン』だなんて言わないでよね」

「えっ?」

「店員さんお会計~」

まただ。また意味深な言葉を口にした。どういう意味なんだろう。僕ら2人は店を出るやいなや、

「目を閉じて」

「なんで?」

「いいから!」

僕は言われるままに目を閉じた。唇に柔らかいものが当たる。リカの唇だ!

思わず目を開いてしまう。リカは赤面しつつも、

「はい、これで『恋人』でしょう?ファンだなんて言わないでよね」

なんて事だ。リカと初キスしてしまった。

そして初キスの味は少しニンニク臭かった。やはり恋人と見ていてくれたんだ。こんな僕にでも。

「さ、帰りましょ」

僕は顔が真っ赤になっているのを自販機の麦茶でごまかした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る