第9話 バックステージから見た彼女

―――8月16日 8:30 快晴 気温39度


早く寝たせいもあった僕であったが、早起きしてもここ数日のイベント続きで朝から憔悴しきっていた。僕と彼女の距離は急スピードで近づいている。これがイタズラであったなら、もはや僕は狂ってしまうだろう。伝家の宝刀『バックステージパス』まで貰った僕だ。自分にもっと自信をもたなくちゃいけなかった。しばらく布団でうだってから、着替えて1階へと降りてゆく。さもしい朝食を食べる為だ。その時だ。見慣れた女性の後ろ姿が食卓に居るではないか。彼女は僕の存在に気がついて味噌汁を片手に振り向いた。

「おっす」

我が家の食卓で朝食を食べているリカにしか見えなかった。いや多分そうだろう。動揺を隠せず奥にいる母親に事情を聴かざるを得ない。

「あ?聡の大事な友だちちゃうん?」

それだけの理由で朝食を御馳走するものか普通。

「おじゃましてるわよ」

ご飯をかっこみながら、彼女は屈託の無い笑顔で笑った。

「どういう事だよこのざまは!」

「えーいいじゃんお母さん優しいね」

「あんたが早く起きてこんからだよ」

僕は頭がグルグルして昏倒しそうになったが、なんとか取り持って彼女の向かいに座った。朝食が出て来る。彼女は本当にホームレスなんじゃないだろうか。お金は持ってると言ってたから、もしくはホテル暮らしか。

「モグモグ…このたくあんが、また」

彼女はこのさもしい朝食をかっこんで、ありがたく頂戴している様子だった。いい加減食べ終わると、

「お母さん、朝食ありがとう!じゃあライブハウスでね!今度は革ジャンで出るから」

と、わざわざ上目遣いで言って意気揚々とギターケースを細い腕に引っかけて、外へと出て行った。

「あんたライブハウスなんか行っとるん?」

僕は母親の問いを無視して朝食に集中した。そして朝食を終えるとすぐ2階へ上がって行った。

今でも鼓動の激しさが収まらない。頼むからどうか驚かせないで欲しい。僕はただの生粋のオタクなんだ。気持ちを一旦リセットしてから、ジュース代のおこずかい数百円と、お気に入りのいつもの青い帽子を被って、バックステージパスを持参し外に飛び出した。


―――8月16日 9:40 快晴 気温41度


今日もライブの入りはほぼ満場だった。自分が言うのもなんだけど、他に何かやる事ないのかといった盛況ぶりである。当然僕は闇使いのごとくバックステージから入って行く。パスを持ってはいるが、人とすれ違ったら誰だこいつと『ひと悶着』と言う事になるだろう。だから構わず臆せず奥へと誘われるかのように吸い込まれる。

光が見えたかと思うと、ちょうどそこにはステージにいる彼女がいた。昨日とは打って変わってノリノリで歌っている。調子は良さげだった。ギターも調子が良さげで客も乗っている。成功しているように僕には見えた。しかし演奏が終わってからの事である。ステージ上に投げ出される花束の数が明らかに減っていた。しかし彼女は落胆した様子も見せず笑顔で花束を受け取り、ステージ上を後にした。

彼女は自分のやりたい事と、客の望む事とのズレを感じ取ったのかも知れなかった。しかしそんな事はオクビにも出さず、彼女は僕のほうに駆け寄って来た。

「さとるん~今日のライブどうだった~?」

抱きしめられながら反応する。

「良かったよ!すごく良かった」

彼女が喜ぶような都合の良い返事を選択してしまう。いや実際、僕は良いと思っているが、客の反応はシビアだった事に少し眉をひそめてしまう。

「いやー久々納得できた演目だったわ」

彼女は嬉々としている。よっぽど今までの演目には圧がかかっていたのだろう。その解放感から来るものであることは間違いなかった。

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