第8話 川釣り
―――8月15日 11:50 曇り 気温42度
彼女がライブハウスに一旦帰り、着替えをすませてから駅で待ち合わせという事になっていた。駅。何だか嫌な予感がするのは僕だけだろうか。曇ってるが暑さは相変わらずで、帽子が無いと汗が噴き出て来る。そんな事を考えてると彼女がやってきた。いつもの革ジャン姿だ。ギターケースを背負っている。
「おまたせー!」
「う、うん」
「今日はどこに行くかというと…」
ゴクリ。固唾を飲んで見守る。
「ハユの川釣りでーす!」
「ハユ!?」
ハユは淡水魚できれいな川に生息し、焼けば食べれるおいしい魚だ。しかしその魚が釣れるスポットは地主が占拠しており、その地主にお金を払わないと釣れるスポットに行けないとの事だった。
「ムシャクシャしてるから、魚釣ってやるわよ。これぞロック!」
「釣り竿あるの?」
「そんなのいらないわよ」
「えっ…?」
最初僕は何のことやら分からなかった。実際に現場を見るまでは…。
川釣り場へは電車で移動するしかなかった。謎のテーマパークに行った時に乗った電車と比べて今度は混んでいる。僕は隅の座席に腰かけ、それを守るように彼女が立っていた。笑顔でいると思えば、憂いのある表情を見せた。いつも彼女は何かをぐるぐる考えている。そんな風に見えた。
30分程電車に揺られた所に川はあった。
「降りよ!」
2人はあわてて車内の人込みをかき分け電車を降りた。
―――8月15日 13:10 曇り 気温42度
川伝いに歩いて行くと、程なく小屋が見えてきた。ここから先は釣りスポットなんだろう。彼女は躊躇なく小屋の扉を開けた。
「2時間、お願い」
中の主人は酒を飲んでいた。
「釣り竿レンタルしてるが?」
「いらない」
「釣り竿なし?…あんた玄人だな?」
「さぁ」
「まぁあんたらお子様だし、それは無いか。4千円だ」
4千円を支払ったリカは、
「さぁさぁ行きましょ」
と、先へ促した。
川はキラキラ輝いており、入ると冷たそうで気持ちよさそうだった。彼女は、
「ここらへんでいいわね」
といい、細い足から生えているデニムをまくった。そして川に入ってゆく。僕は興味津々で見守るしかなかった。彼女は川の真ん中で仁王立ちをしながら、川の清流に目をこらしてる。5分ほどそのまま静かな時が流れたが、突然彼女は、
「はぁっ!!!」
と言って川を横にすくい上げた。すると、川辺に1匹のハユがピチピチ跳ねているではないか。
「熊だーっ!!!」
僕は叫んだ。そう、彼女にとっては、もはや釣り竿いらずなのであった。
そうして数匹しとめた彼女は今度は火を起こし、ハユの内臓をとって枝に刺し、焼き始めた。
「うまいんだこれが」
数分もするといい匂いがしてくる。
「きれいな魚だからもう食べれるよ」
ハフハフしながらハユを食べてみる。美味い!野性味のない淡泊な味だが美味と言えた。彼女も1匹食べた後、
「もうちょっと釣って来る」
と、言って川に戻って行った。僕らは2時間のハユ釣りを充分堪能した。
―――8月15日 15:40 曇り 気温41度
僕らはお腹がいっぱいになるまでハユを食べて、少し眠くなりながら帰りの電車に揺られていた。帰りの電車は空いていたので2人とも支え合うように座っていた。彼女は革ジャンをまさぐった。
「はい、これ」
「これは?」
「バックステージパス」
「バックステージ…パス?」
「もうさとるんは、表から入らなくてもいいよ。バックから私を見ていてほしいから」
「こんなもの貰ってもいいの…?」
「いいよ…さとるんなら…」
そう言って彼女は眠りこけそうになっていた。ハユ釣りは集中力がいるため、力をだいぶん使うとの彼女の解説だった。
目的地に帰ってきた2人は駅でそのまま別れた。僕は彼女の住んでいる所さえ知らない。でもどこかにギターケースを抱えて消えてゆく。今日もまた小さい旅をした僕もドッと疲れが来て、家に帰るとさもしい夕食を食べて風呂に入り、少しだけネットをしてからは自然に布団に入っていた。
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