第6話 ストーカー

―――8月14日 10:30 曇り 気温39度


海に行った後、僕は泥のようにしばらく睡眠に入っていた。いつもより遅くに起床し、布団の上でしばらくぼーっとしていた。記憶が確かならば、リカは今日は休むと言っていた。遅い起床はそのためでもあった。今日はちょっと曇っているけれど暑さは変わらない。僕は1階に降りてクーラーの恩恵を受けながら麦茶を飲んだ。飲みながらボンヤリと考えた。リカは休みの日はどこにいるんだろう。

そんな事を考えていると母親ががなってきた。

「早く朝ごはん食べ!」

僕はさもしい朝食を食べる。最近初めての外食続きで舌が肥えているので、いつもの朝食が余計情けなく思える。無理やり詰め込んだ僕は、すぐ2階に戻って準備をした。いつもの青い帽子を被り、おこずかいを千円ポケットに入れて、最終兵器を投入した。

5段階ギア自転車だ!すぐ盗まれるのでめったに稼働しないが、リカにもしかしたらどこかで会えるんじゃないのかと思うとパトロールの甲斐があった。元気にチャリで飛び出す。まずはライブハウスの周辺を回ることにした。

ライブハウスの前は相変わらず人込みで溢れていた。でも今日は中には入らない。そもそもお金がない。バックヤードに回ったが、リカのいる様子は無かった。これは本当に休んだな。

そうするとリカの行きそうなところはどこだろう。すでにじんわり汗をかいている。とりあえず周辺を回ってみた。途中自販機で麦茶を飲んで水分補給をした。体に染み渡る。彼女が行きそうなところをチャリを走らせながらキョロキョロと見据える。公園を通り過ぎた時だ。少女がブランコをこいでいる。横にはギターケースを置いてある。リカだ!!どうしてこんな場所にいるんだろう。不思議に思いながらもしばらく眺めていた。彼女の表情はどこか寂しげだ。20分ほどブランコに揺られていたリカは飛び降りて、フラリと次の目的地に移動を始めた。隠れて見ていた僕も、チャリで後を追い移動を始める。


―――8月14日 12:20 曇り 気温39度


次にリカが入った所はゲーセンだった。パチスロ(?)のようなものを打ち始めている。本物のパチスロじゃないだけ可愛かった。チャリをゲーセンに置いて、中で様子を伺うことにした。あまりコインがでなくていらだっているようだったが、そのルックスは菩薩様のような後光を秘めていた。しばらく打っていると、男性が3人、リカに入り寄って来た。

「お嬢さん1人?かわいいねー」

「よかったら別のところでお茶しない?」

「うざいんだよ」

リカは出玉がでないこともあってか、機嫌が相当悪かった。

「いいじゃん減るもんでもないし」

彼女の美貌なら誰に誘われてもおかしくは無い。そう思うと余計腹が立った。

僕は急に頭に血が上って、メリケンサックを手に、3人の男の内の1人のアゴにガツンと食らわせた。

「さとるん…?」

他の2人に関しても、メリケンサックで顔面を血みどろにさせる。もちろんパンチも数発食らってしまう。3人は命からがら去っていた。

「さとるん…どうしてここが?」

リカは僕を抱きかかえると、正直に言った。

「たまたま公園でリカを見つけて…それからキモイけど後を付いて行ったんだ…本当に御免」

「そう…でも無茶しちゃダメだよ」

「あいつらに取られると思ったら、ついどうしても…」

それからリカは優しい笑顔を見せ、人差し指を唇に当て、それを僕の唇に付けた。

「キス」

僕は恥ずかしさよりも達成感の方が勝っていたのだった。


―――8月14日 13:10 曇り 気温40度


2人は公園でリカの看病を受けていた。薬局で買った塗り薬とシップを貼ってもらう。

「いてて…」

「無理しちゃだめだってば」

しばらくリカの膝枕で涼んでいた。リカは笑いながら、

「狂暴化する時もあるんだね(笑)」

とケラケラ笑った。こっちはそれどころじゃない。痛みとの格闘だった。

「今日はね、朝早くから新しいバンドメンバーと打ち合わせをして、その帰りだったんだ」

新しいバンドメンバー?そうかやはり解散するんだな。

「ソロでやることにしたんだ。そのバックメンバーを募集してたわけ。おかげですぐ見つかって音合わせも順調だったんだよね」

ソロでやるんだ。そりゃ人気が今より上がることは間違いないだろう。

「そりゃ朗報と取っていいのかな?おめでとう」

「だから、明日のライブは来て欲しい…かな。チケットは渡してあるよね」

チケットは確かに受け取っている。

「それじゃ僕はゲーセンに置いて来たチャリを取りに帰るから。明日楽しみにしてるよ」

「うん!待ってる」

そう言って2人は別れた。


顔の傷で両親にがやされたのは言うまでもなかった。

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