第4話 お出かけ

―――8月12日 12:20 快晴 気温40度


震えながら隅っこで眠った僕だったが、何だかんだ言って熟睡できたようだった。うだるような暑さの中、リカはお昼を過ぎても寝ていたままだ。一瞬死んだんじゃないかと思った程眠りこけていた。体を揺らす事も出来ず、そのままにしておいた。僕は着替えを済ませて2階の自分の部屋から1階に降りて、クーラーの風を浴びながら麦茶を飲んでいた。1階にだけはクーラーがあるのだった。あまりの気持ち良さにうつらうつらしてしまう。ハッと我に返り、いい加減リカを起こさないとと思い2階に戻ると、そこにはリカの姿がいなくなっているではないか。ギターケースはあるので雲隠れしていることは間違いなかった。クローゼットに隠れて脅かしてくる線も考えられたのでクローゼットを開けたが居ない。一体どこにいったのだろう。そんな事を考えていると、玄関の扉の開く音が聞こえた。

急いで玄関まで向かうと、レジ袋を持ったリカがいた。

「どこにいってたのさ」

「コンビニ。はいこれ」

「なにこれ…?」

「バビコ」

僕は貰ったアイスを食べながらジト目でリカを見ていた。

「いつまでいるのさ」

「ん~。今日も泊まろうかな」

「あのねぇ!」

昨日は突然の訪問で色々難儀した。もうこれ以上は耐えられない!

「あ、明日ライブだから泊まれないわ」

安堵する。

「でも今日は一日フリーだからさ、行きたい所あるんだ。そこ行こ!」

「行きたい所?」

「おこづかい多めでよろしく!」

これじゃいくらおこずかいがあっても足りない。すでにもう結構使ってるはずだ。ぶつくさ言いながらも6千円を財布に入れた。

「どこに行くのさ?」

「ふっふっ行けば分かるわ」

リカの目が怪しく光った。不安だった僕は、

「小学生でも行ける所なんだろうね?」

「行ける行ける。電車でちょっとの所だから」

と、あっけらかんとした様子だ。仕方無い。僕は覚悟を決めた。


―――8月12日 13:40 快晴 気温42度


僕はどこに行くかわからないまま、電車に揺られていた。夏休み中なのにガラ空きの電車に乗って、だ。

幸い電車の中は涼しかったが、リカは駅前で貰ったうちわで、あちーと言いながらあおいでいる。電車は走るほど緑が多くなってゆく。次第にビロウド色の境界線が見えて来た。海だ。

「もしかして海水浴!?」

「早い!まださとるんは私の水着を見るのには早い!」

僕は顔を真っ赤にして、

「そ、そういう意味で言ったわけじゃないよ!」

と弁解した。リカはニコニコしている。全く人を操る術に長けてる人だ。でもそんな彼女の魅力に近づいてるのは事実だった。顔だっていいわけだし。

「次で降りるよ~」

「全く…どこに行こうとしてるんだか」

そうして涼しい車内から、再び灼熱地獄へ戻って行った。


―――8月12日 14:20 快晴 気温42度


電車から降りてしばらく歩いた所に、それはあった。

「じゃーん!ここが目的地、カップルランド!」

「…カップルランド?」

「熱々のカップルだけに許された、カップルだけが楽しめるランドォ!」

只でさえ暑さで朦朧としてる僕の視界は禍々しいほどに歪んだ。

「…本気でそんな場所あるの?」

「入れば分かるよ!さあ行こ」

リカが僕の腕を組んできた。身長差があるので、半ば引きずられる感じで持っていかれる。カップルランドという敷居をくぐると、出店が視界に現れた。

「ラブラブで食べるイカ焼き!どうだい」

「イチャつきながら食べる大判焼き!安いよ~」

客引きが威勢良く声を掛けて来る。

「イカ焼き食べたいな~」

「縁日の出店と変わらないじゃないか!」

「ちっちっ甘いわね。アトラクションもあるんだから」

そう言うと、少し先にある蓮のようなものに乗ると、スィ~と遠くに行ってしまった。

「リカ!どこいくんだ!」

僕は一生懸命リカを追いかけた。だがリカは速くてとても追いつけない。どうしよう。とにかくがむしゃらに追いかけた。汗が噴き出してくる。このまま別れたら…。そう考えると泣きそうになる。何分か追いかけた先にリカが待っていた。蓮は止まっている。

「ぜぇ…ぜぇ…」

「これが、たとえたもとを別れてもいつかつながるアトラクション蓮の誓いでございます」

誰か知らない人が説明してくれた。

「私と別れて寂しかった?寂しかったよね?ふふ」

リカが小悪魔的な笑みを見せて、僕の背中をポンポンした。もう彼女の手中にあると思い観念した。

それからはまた別の訳の分からないアトラクションに振り回され、ラブラブ色のソフトクリームを一緒に食べたりしながら、あっという間に時間は過ぎていった。

「あのさ」

「何?」

「同じバンドマンの人とかとこういう所に来たりはしないの?」

するとリカは一瞬、愁いを帯びた表情になった。

「ないない。ないよ。もう帰ろっか」


―――8月12日 18:40 快晴 気温36度


涼しい帰り道の電車で、リカはまた我がままを言った。

「またファミレス行こうよ~」

「…もうダメ、これ以上は…」

もう今の僕はヘトヘトに疲れてぐうの音も出なかった。もうこのまま身を委ねて眠りたい。そんな感じだった。

リカはさすがに察したのか、それ以上何も言う事は無かった。

彼女のギターケースが我が家にあったので、一緒に家までついてきた。ケースを受け取ったリカは、

「また明日もライブあるけど…」

そう言った後、

「これたら、でいいよ」

そう言い残し、僕の元を去った。どういうことだ。そんな事言われたらまた行きたくなるじゃないか。もう僕は彼女の色に染まりかけている。彼女は本当に分からない人だ。オセロのようにパタパタとしている人だ。僕はそんな事を思いながら、彼女が去るのをずっと消えるまで見つめていた。

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