第3話 焦燥

―――8月11日 7:20 快晴 気温39度


今日はいつもよりも、もっともっと早く起きた。悩んだけどまたライブハウスに行くためだ。熟睡できたので気分はすっきりしていた。彼女からもらったチケットを大事にポケットにしまって、帽子を被り、特に意味はないけれどもリュックサックを背負ってみた。それから何かあった時の為に、おこづかいからまた3千円を財布に入れた。外に出る前に麦茶を飲もうと冷蔵庫を開けていると、何やら外が騒がしい。

「さとるん~~迎えにきたよ~~!!」

彼女だ!そう思った瞬間麦茶をこぼしてしまった。

まだ朝の7時である。何を考えているのか。僕は残った麦茶を一気飲みすると、思わず外に飛び出した。

「どうしたんだよこれは!」

「え?迎えにきてあげたんじゃないの~」

「僕はまだライブに行くなんて決めた訳じゃないからな!」

彼女は僕のポケットからはみ出たライブチケットを見て、ピッと取り出した。

「はっは~ん?これはなにかな~?」

思わず赤面してしまう。

「行こうと思ってたよ。昨日の事が気になり過ぎてたし」

「やりぃ~!!じゃあ行こ行こ」

2人で猛暑の中、ライブハウスへ移動した。相変わらずの暑さだ。また救急車の音が聞こえて来る。熱中症には気を付けないといけない。が、彼女を見ると革ジャンを着てるのに汗ひとつかいていなかった。蜃気楼のように先は揺らいでる中、どうして汗ひとつかかないでいられるんだろう。僕はじんわり汗をかき始めているけれど、1ドリンク目指して我慢をした。

普段ライブハウスは夕方か夜にやる事が多いのだそうだけれど、夏休みシーズンは早い時間から開いているそうだった。

「今日は新曲歌うから、また最前列で聴いてね」

「最前列は恥ずかしいよ…それより、あなたの名前聞いてませんでしたよね」

「私はリカ。カタカナでリカ。言ってなかったっけ?」

「僕だけが先に名前を知られたんですよ~」

「そうだっけ?あはは」

そんなこんなでライブハウスに到着した2人。僕はチケットを差し出した。

「お、チケット持ってるんだねぇ。ドリンクは中で頼んでね」

昨日と同じもぎりのお兄さんが迎え入れてくれた。

リカはバックヤードから中に入って行った。

ライブハウスの中は早くもドリンクを持った人で溢れかえっていた。僕はチビの特性を使い素早く前に立つ。

MC担当がスクラッチ音をバックに語り出す。

「今日も新鮮なライブを提供するスタンドボックス~!始めの曲はゲットセットゴーの新曲からどうぞ!」

バンドに光が差した。リカがギターを持って立っている。ボーカルは男性だった。リカは早くも僕の姿を見つけてウインクしてくる。恥ずかしくてたまらない。曲はまたロックかと思っていたが、バラードっぽい曲だった。


♪ 気まぐれに暖かい風 吹く そこにはいつも君がいる


バラードだからだろうか、それとも新曲で聞きなれていないからだろうか、客のノリがいまいちだ。


♪ 変わらずいてくれる 君が いつも大好きだよ


曲が終わる。パラパラと拍手が起こる。リカは明らかに悔しそうな表情を見せていた。その次に出て来たバンドはここでは人気らしく、皆踊りまくっていた。それからしばらくはまたボーっと生演奏を最後まで聞いていた。


―――8月11日 16:50 快晴 気温35度


ライブハウスから出た僕は、しばらくボーっとライブハウス前で突っ立っていた。あれからリカはどうしただろうか。がっかりしていたようだけど、曲が悪かっただけで、リカの演奏は最高に思えた。と、何者かから背後から抱きつかれた。

「さとるん~~~やっちまったよ~~!!」

「こら!抱きつかないでよ」

リカは悲しんでるのか楽しんでるのか分からないまま、まだ抱き着いて離さなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る