第2話 出会い

―――8月10日 9:40 快晴 気温38度


僕は簡単に言うと平凡なオタクで、ゲームもするしアニメも見るし、ネットもすればトレカも集めたりしている。今日も今日とて夏休みにしては早起きをし、トレカの情報をインターネットで調べていた。

「お!」

丁度予約していた店にお目当てのトレカが入る頃だ。僕は夏休み中に貰ったおこずかいのうちの3千円を財布に入れ、店に行く準備をした。部屋にはクーラーもなくて暑さは変わらないけど、帽子を被りTシャツ姿で勢いよく部屋を出た。

いつもの道をいつも通り歩いてゆく。外は格別にうだるような暑さで、早速じんわりと汗が出て来はじめる。体感温度は40度くらいだ。視界が激しく揺らぐ。サイレンの音が聞こえてくる。蝶々が力なく飛んでいる。それでも欲しいトレカが目的地にはあった。と、いつも通っている道の先が建築物工事中で通行止めになっていたので、僕は脇道を通る事にした。脇道と言っても広い道路で、迷う事無く順調に元気に進んでいた。だけど、その分いつもは通らない道なので色んなお店がそこには並んでいた。不安は無いはずだった、とあるお店を見つけるまでは。

その通りの道に、不思議な空間の店?のような建物があった。中では何やら騒がしい音が聞こえて来る。人がドリンクを片手に出入りしている僕にとっては異質な空間。あまりの非日常さについ吸い込まれて中を覗くと、

「兄ちゃんも入るかい?」

突然謎のお兄さんが僕に語りかけてきた。あまりの唐突さに、

「えっと、あの…」

と尻込みしてしまう。なにも返せずオロオロしていると、

「きっと楽しいよ。1ドリンク込みで2500円だけど」

と、そのお兄さんは圧をかけてくる。怖さしか感じなかったが、何故か入りたい気持ちが強くなってくる。不思議な雰囲気につい、おこづかいの3千円を出してしまった。

「まいど、楽しんでね」

中に入ると色んな人がドリンクを持って踊っている。光る棒を持っている人もいた。奥では音楽を演奏している人たちがいる。僕はとにかくこの勢いに飲み込まれないように、チケットを差し出してドリンクをもらう。音楽はよく分からなかったがロックらしかった。チビなので最前列で見る事ができた。前で見ると臨場感が半端ない。目立っていたのは女性のギタリストだった。詳しくは無いので女性もギターするんだ、ぐらいに思っていた。

女性の年はいくつくらいだろうか。12歳の僕には誰でも大人に見えた。その時、その女性とバッチリと目が合った。僕は恥ずかしくなって帽子を深々と被った。その女性は笑っているようだった。どれくらいの時間が経っただろうか。彼女の演奏が終わっても、僕はボーっと演奏を見ていた。

やがてライブが終わり、散り散りに人が居なくなると、ハッと我に返った。何かとんでもない散財をしてしまったのではないかと一時、悔悟の念に包まれた。でも演奏も楽しかったし、いいか!僕は帰ろうとしたその時。

「待って君!」

誰かに呼ばれ振り返ると、店に入って最初に見た女性のギタリストがそこにいた。

「えっ僕?」

「そう君!私のバンド目当てで来たんじゃない?」

「えっと…」

戸惑っていると、

「やっぱりそうだよね?年何歳?かわいいねーえらいねー!」

と、一方的にその女性は迫って来た。

のちに分かったライブハウスでの出会いが、リカとの出会いだったんだ。


―――8月10日 16:10 快晴 気温34度


「あのー」

僕はぶっきらぼうに言った。

「付いてこないでもらえますか」

「えーいいじゃん、これも何かの縁」

よっぽど寂しいんだろうなと始めは憐れんだ。けれど今考えると彼女はがむしゃらにどこかで救いを求めていたんだろうと思う。どうしてそこに気付けなかったのか。

「…もうすぐ家なんですけど」

「泊ってってもいい?」

僕は想像して恥ずかしくなった。

「親が許しません!」

「ケチ―」

彼女は猫のようだった。そう、行き場の無い捨て猫…。

「じゃあさ」

彼女は、体をもぞもぞさせながら言った。

「次のチケットあげるから、また見に来て欲しいな、ライブ」

と、チケットを僕に差し出してきた。

「保障はしませんけどね、偶然入っただけなんで」

彼女は少しだけ寂しい表情を見せた。が、すぐに取り直し、

「新曲でいい演奏見せるから、必ず来てね!」

そう言い彼女はギターケースを細い体で持ちながら踵を返した。

はあ…。何だかどっと疲れてしまった。と、

「あ!君、名前は?」

「…聡(さとる)」

馬鹿正直に答えてしまった。間抜けな蛙のようだ。

「さとるん、ね、じゃあまた!」

家に戻った僕はいつも通りのさもしい夕飯を食べ、お風呂に入りながら考えた。目が合っただけでどうしてあそこまで構ってくれたのだろうか。ただ目が合っただけで…。

そういう運命もあるんだろうか。そんな事を連想させてしまう出会いだった。僕はそれから泥のように眠った。明日のライブの為にも…。

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