無様! ハイシャイ・ラボ壊滅!(3)

「退避急げ! 退避急げー!」

 四階の司令部から下りる自衛隊員たちで、階段はごった返している。


「逃げるわよ! 急ぎなさい!」

 民間人が残っていると指揮官が下りられない。美和が急かしたが、

「バックアップはクラウド上にあるじゃないですか、永井センパイ!」

「しかし横山、この戦いの動画データが」

「それも保存されてますから!」

「でも、過去の映像はいま確認しないと」

 というありさま。

 結局、四方据よもすえ社長が半ば引きずり出すようにして永井を連れていった。

「命あっての物種です!」





 かつて、ここまで後退させられたことはない。

 対戦相手を瞬殺してきた【ゴダイヴァ】も決して弱いわけではないが、筋肉シリンダーを増設された【ジェイソン子】は、いわば鍛え抜かれた戦闘コンバットマッチョ。

 ウェイトでもパワーでも、明らかに凌駕りょうがされている。


 そしてほとんど更地に近く、見渡しがいい造船所跡地で、高恥研本棟が、美和たちのいるコントロールルームが目と鼻の先に迫っていた。


「! ! ! ………………」

 冬羽とわは目を大きく開き、顔をひきつらせている。

 動けないのだ。


(ヤバい。これは無理だ)

 一拓いったくはとっさの判断で手動操作に切り替えた。

(いまはとにかく作戦本部から離れなくては)

 それには【ジェイソン子】をおびき寄せるしかない。





 高恥研本棟からじゅうぶんな距離を取ったところで主導権はAIに返され、【ゴダイヴァ】は追ってくる【ジェイソン子】に向き直った。


 ガィイイイイ……ン!


 ステップインからカウンターで顔面に入れる、右正拳突き!


 ボクシングのパンチが当てた拳を素早く戻すのに対し、空手の正拳は打ち抜いて止める。

 前者はダメージを内部に通し、後者は外部から対象を破壊するといわれる。AIはボクシング式の右ストレートが通用しなかったので空手に切り替えたのだろう。


 しかし結果は無為に、いや、かえって逆効果に終わった。

 拳を残したがゆえに、手首を【ジェイソン子】につかまれたのだ!


 ホッケーマスクに開いた空虚な穴が、ほくそ笑んでいるように見えた。


 最初はゆっくりと。しだいに速く。

 一回転。二回転。

 手首をつかまれ、【ジェイソン子】に振り回される【ゴダイヴァ】。

【サダ子】との戦いで見せた技を、いまは自身が受けている。

 退避中の永井に代わって説明すると、これはプロレスのハンマースローである。ロープに投げて、反動で戻ってきた相手に攻撃するために使う。


 とはいえ、ここにロープはないし、あったとしても【ゴダイヴァ】の重量に耐えられるわけがない。

【ジェイソン子】が手を離した。

 投げっぱなしハンマースロー、【ゴダイヴァ】の行き先は……!

 高恥研本棟だ!


 ドゴヮララララッ!


 長年潮風にさらされ劣化した建物などひとたまりもない。

 四階建ての鉄筋コンクリートは、鋼鉄の未亡人を受け止めても支えることができず、音を立てて崩れ落ちた。





 すんでのところで脱出に間に合った、われらが高恥研の面々。

 美和は険しい顔で、永井は呆然と、横山は口もとを押さえ、四方据よもすえは汗をぬぐってその光景を見つめた。

「ここも危ない。もっと離れたほうがいいでしょう」

 同行していた指揮者にうながされ、さらに後方へ。


 ふり返った永井の目に、【ゴダイヴァ】を見下ろす【ジェイソン子】が映った。

【フレディ子】のときと同じだ。

 何かを思い出せそうなもどかしさに顔をしかめたが、横山に呼ばれて後を追う。





 ダメージそのものは軽微だったようで、【ゴダイヴァ】は数十秒後には瓦礫がれきの中から立ち上がった。

 ファイティングポーズもまだ取れないそのボディに、


 ――ボガムッ!!


 水平に踏みつけるストンピング――としかいいようのない、粗暴な蹴りが入った。


「前蹴りです! やっぱり【ゴダイヴァ】の技を……」

「ヤクザキック、もといケンカキックだ。脚が上がっていないけど」

 退避を終えた横山と永井が同時に声を上げ、

「筋肉のつきすぎで体が硬いんでしょうな」遅れて四方据よもすえ





「キャアアアアーッ!」

 冬羽とわの、絹を裂くような悲鳴。


【ゴダイヴァ】よりひと回り大きい【ジェイソン子】の、体重がたっぷり乗った蹴りである。

 しかも受けたのはコクピットの直下。ふつうなら叫び声で済むものではない。


 CFRP製の黒い装甲におおわれているのは、あくまで全身の一部にすぎない。腹部など、じゅうぶんな可動域を必要とする場所が多いからだ。

 かといってき出しのままだと、筋肉であるシリンダー、血管や神経であるケーブル群、骨格であるフレームへの危険が大きすぎる。

 そのため、内部組織に当たるそれら部品群コンポーネントは、衝撃を分散するクッション材で保護されている。加えて、腹部には複数の大型エアバッグも装備されていた。


 腹部のエアバッグが作動したおかげで搭乗者アキュパントへのダメージこそ軽減されたが、【ゴダイヴァ】は数十メートル後方までふっ飛ばされ、またしてもダウンを喫した。


冬羽とわさん、大丈夫ですか!」

 声をかけながら、一拓いったくも追い立てられるような焦りを感じていた。


(なんとかして……

 なんとかしてゲージを光らせないと、このままじゃマズい……)


 だが、どうしようもない。

 焦燥を覚えれば覚えるほど、恥の感情からは遠ざかっていくのだから。





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