無様! ハイシャイ・ラボ壊滅!(2)

『巡視船の退避が完了しました』

 その通信を、まるで試合開始のゴングと受け取ったように、前進する【ゴダイヴァ】。

 二体のロボットが向かい合った。


【ジェイソン子】は、腕をだらりと垂らしたまま、構えようともしない。

 発達した僧帽筋そうぼうきんのような撫肩なでかたを、雨滴が叩いている。


「たぶん、シリンダーを増設してますね」

 双眼鏡をのぞき込む四方据よもすえ社長、汗をかきかきコメント。

「人間でいえば筋肉ですが、【ゴダイヴァ】に比べてかなり増やしてますんで。骨格フレームがそのままなら、ありゃマズいなぁ。そのうち不具合起こすぞ」


「どのくらいで壊れそう?」

 期待のまなざしで美和がたずねた。

「うーん……どうでしょう。はっきりとはいえませんが……」

 四方据よもすえ社長は双眼鏡を下ろして腕組みした。

「メンテなしで半年。よっぽど無茶な使い方をすれば、早くて……三か月、ですかねぇ」





 遠雷が鳴り、雨が強くなった。


【ゴダイヴァ】が構えた。

 上体を起こしたアウトボクシング・スタイルだ。

 ガードが低いのは、視界を保って相手の出方を見るためか。


 ――――ドンッ!


 放たれたジャブ、続いてストレート。

 美しいコンビネーションだった。

【ジェイソン子】の首から上が、大きくかしいだ。


「いいのが入ったぞ!」


 だが、ホッケーマスクはきょとんとした丸い目で、ゆっくりと元に戻った。

 その首は、【ゴダイヴァ】と比べて極端に太い。

 増設された筋肉シリンダーに支えられ、「大砲の右」とたとえられる衝撃でさえ、ものともしないのだ。


 格闘技の試合では、格下が格上の周りを回る。

【ゴダイヴァ】は警戒するようにガードを上げ、【ジェイソン子】の側面へ回り込んだ。

 そこへ、無造作な水平チョップが打ち込まれた。

 まるでなた。ガードごと姿勢が崩される。


 続いて、おののような手刀が打ち下ろされた。

 大雑把おおざっぱだ。構えもタイミングもない。

 頭上で両腕を交差させて防いだが、受けた腕の装甲が割れた。





「永井センパイ!」

 司令室で、横山がふり返った。

「これって……前回【ゴダイヴァ】が使った手刀じゃないですか?」

【シャム子】の頭部装甲に手こずったときの攻撃だ。

 永井は少し考えて、たずねた。

「横山、お前【フレディ子】はスイングしか使わなかったといってたな」

「はい。あれは第一戦の掌底しょうてい……平手打ちに見えたやつだと思います」


「【シャム子】は?」

「その前の戦いで、【ゴダイヴァ】はピーカブー・スタイルに構え、左右の連打でトドメを刺しました。その両方じゃないでしょうか」

「だけど、全然ネコパンチだったぞ」

「すいません、ちょっといいですか」四方据よもすえ社長が遠慮がちに発言した。

「あいつは装甲でガチガチに固めてました。そのせいで関節が動かなかったんじゃないですかね」


 横山は確信の表情で述べた。


「……【敵】の攻撃はすべて、【ゴダイヴァ】の複製コピーだったんです、永井センパイ」


「完全な複製コピーじゃないから正確には模倣ミミックだな、横山」

 訂正しつつも同意する永井。


「【サダ子】のときは……そうか、それで説明がつく。たしか、【サダ子】は腕や脚での攻撃をしなかったからな。

 いや待てよ? ということは……」

 永井はたどり着いた結論に目を見開いた。


「最初からライブラリが空白だったのか?」





 美和は呼びかけを続けている。


『いったいどうしてこんなことを始めたの?

 話さなければ何もわからないわ。

【ゴダイヴァ】には冬羽とわが乗っています。

 ……お願い。とにかく話をしましょう』





 ――――ともかくも、相手の攻撃方法は限られているという推測は成り立った。


「それ以外で【ゴダイヴァ】が使った技は?」

「初戦の一本背負い、第三戦の掛け蹴りと前蹴り、ほかには……」

「ちょっと待て、もう一度映像で確認しよう」

 永井がキーボードに手を伸ばしたとき!


 ズウゥゥゥ……ン


 地響きとともに、コントロールルームが揺れた。


 閃く稲光。

 部屋の窓に映る、いかついシルエット。

 その全身は、海から脱していた。

【ジェイソン子】が、【ゴダイヴァ】との押し合いを制して上陸したのだ!


 雷鳴が轟いた。





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