慚愧! 未亡人、華麗なる艶舞!(6)

 ――――美和の証言によって次なるロボットの襲来が予想され、自治体は付近住民の避難に踏み切った。

 さすがは災害大国ニッポン、積み重ねた経験値の成果。柔軟で素早い対応だ。

 また行政にも、先に述べたテロ事件の教訓を忘れた者はいなかった。

 無二江ぶにえ湾には海保の船艇と、陸自の一個戦車中隊が配備された。


 ことはすでに高恥研の手を離れた……と思われていたのだが。


 美和および冬羽とわの証言が示唆しさした、もうひとつの事実。

 それは、【敵】ロボットに人間、それも邦人が乗っている可能性だ。


 犯罪者であっても、人権は保障されるべきであろう。ましてやその罪は確定しておらず、裁判にかけるならじゅうぶんな捜査を経なければならない。


 しかも、相手は巨大ロボット。不審船とはわけがちがう。

 近隣国による侵犯かどうか、正体を見極めた上で慎重に対応したい。

 世論を納得させるためだけではない。政府としても強い関心があるのだ。

 なにしろ巨大ロボットなのだから。


 砲撃による破壊は、貴重な証拠品や証言を永遠に失することにつながりかねない。かといって、巨大ロボットを拿捕だほする技術もない。

 だが【ゴダイヴァ】なら、最低限の損害で相手を無力化できるだろう。

 過去三例の実績もある。


 もちろん、搭乗する民間人二名を危険にさらすことになる。

 しかし当人たちはそれを承知で、参加を希望した――――。





 ――――かくして、一拓いったくたち高恥研の面々は、ふたたび造船所跡地へ舞い戻った!


 美和はもともと、自分たちだけの手で夫を救出できるとは考えていなかった。

 これほどの事件であれば、国は動かざるを得ない。

 そのためには証拠と情報が必要だった。

 拡散されることさえ、事実を闇に葬られないための保険だった。

 そこまで見越して、高恥研を設立、運用してきたのだ。


 とはいえ、以前のようにフリーダムとはいかない。今回は海保・陸自合同部隊の指揮下に入るし、取り調べはあくまでも一時中断なので警察の監視もつく。

 コントロールルームは作戦本部の司令室となり、高恥研には人があふれ返った。





 野戦服の人波に身長一八〇センチの黒髪ロングストレートを見つけて、一拓いったくは声をかけた。

冬羽とわさん!」


 取り調べの間はことばをわす機会がなかった。

 ひさしぶりに会う冬羽とわは、衣替えをして半袖の姿。

 少し、やせたようだった。

 以前のような張りつめた雰囲気はなかったが、どこか疲れているように見えた。


「……大丈夫ですか?」

 心配する一拓いったくに、目を伏せ、小さく笑みを見せたが、返事はなかった。

 あわただしい喧騒けんそうに満ちたコントロールルームで、それ以上の会話を続けるのは無理そうだった。





「目標を【ジェイソン子】と命名します。いいですね?」

 指揮権もないのに、こんな状況でもマイペースの永井である。


 最後の【敵】も、やはり女性型。

 顔は『13日の金曜日』シリーズでおなじみの、ホッケーマスクを連想させる。

 身長は【ゴダイヴァ】と同じだが、体つきはひと回り大きい。【シャム子】は装甲のせいで大きく見えたが、それとはちがうゴツさ、いかつさだ。


 ――――【ジェイソン子】は【シャム子】同様、湾内に忽然こつぜんと出現した。

 配置していた監視網を、いかにしてかまんまとすり抜けられた格好だった。


 海の警察である海上保安庁と、軍事行動をおこなう自衛隊との連携には、かねてから懸念けねんの声が上がっていたが、観察するかぎり明らかなトラブルはない。

 ただ、無線でのやり取りには時折、怒声や不満そうな声色が混じって聞こえた。


 もっとも、両者は厳しい統率の下に動く組織だ。あいまいなところから出た命令に従えば、指揮系統を乱すことになる。

 また、プライドを持たなければ務まらない仕事でもある。


 巷間こうかんには、海自を動員するべきだという意見も見られた。

 それをしなかったのは、人命優先という建前のほかに、警告はしたが強引に上陸され、やむを得ず、という体裁ていさいを整えたかったのかもしれない。


 拡声器、無線、旗旈きりゅう信号、発行信号などによる呼びかけが無視されたため、巡視船は二〇ミリ機関砲による威嚇いかく射撃をおこなった。

 が、【ジェイソン子】はひるむことなく前進を続ける。





 美和は指揮者らしき自衛官と話して、ふたりをふり返った。

冬羽とわ一拓いったくくん、お願い」





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