慚愧! 未亡人、華麗なる艶舞!(4)

 拘束から解き放たれた美脚は、誇らしげに高く!

 軌跡は槍の一直線!

 閃光が、貧弱な防御をぎ払う!


 だが!

「……はずした?」

 蹴りは狙うべき頭部を素通り、目前であえなく空を切った……

 と見えたのは一瞬。


 横山が眼鏡をクイッと押し上げた!

「掛け蹴りッ!」

 永井も応じた。

「どうした急に」


「またの名をリバースキック!

 それはテコンドーの踵落としネリョチャギにも似て、蹴り脚をいったん通過させ、返す刀で斬る! たとえるなら燕返し!」


 横山は、直前の動きから蹴りの種類を見抜いたものと思われる。

【ゴダイヴァ】は、蹴りに移る前の相手の攻撃を、それまでのステップバックではなくスウェイバックで避けた。

 このことから、距離のある上段への蹴りを狙っていると判断したのだ。単なる上段よりもさらに遠い掛け蹴りは、工夫をこらさなければなかなか当たらない。


「……あえていうならネリョチャギは、予備動作と間合いから、判別が容易でかわされがち!

 対して、掛け蹴りは通常の蹴りと同じ軌道! ゆえにッ!」

「見分けにくい、要は成功率が高いってことか」


 ――――掛け合いの間にも【ゴダイヴァ】の攻撃は続いている。

 横山の解説どおり、空振りした脚は膝を支点に再帰。

【ゴダイヴァ】はその、【シャム子】の


「おおっと、これは予想外!」


 非常識な方向から加わった力に耐えかね、フードはいびつに変形!

 本体との結合部、破断!

 頭部装甲、脱落!


 最後まで読み切れなかったのが悔しかったのか、横山は解説を追加した。

「掛け蹴りは単なるフェイント技ではないんですよ? 当て方によってはじゅうぶんKOを狙えるんですからね!」


 ――――戦いは、まだ終わっていない!

【ゴダイヴァ】は流れるような動きで右構えから左構えへとスイッチ!

 掛け蹴りで姿勢を崩した【シャム子】、

 そのき出しになった頭部に、前蹴りフロントハイキック!!

 打点が高い!!

 そして痛烈!!


 巨大なフラットウッド・モンスターはドラム缶のように真後ろへ倒れた。

 その頭部が、原形をとどめているはずもなかった。





 にぎりしめた両手を見つめて、冬羽とわがつぶやいた。

「私が、【ゴダイヴァ】を……」

 頬に差す赤味はすでに羞恥しゅうちではなく、高揚のそれ。


「何といえばいいのか……。

 ……恥って、実際感じるとやっぱり恥ずかしいんだな」


 当たり前のことをたったいま感得したようにしみじみといって、冬羽とわは部下に向き直った。

「キミはちゃんと職務をまっとうしていたんだな。それにひきかえ私は、キミに強要するばかりで、自分ではなにひとつ……。

 いままで、すまなかった」


 突然頭を下げられ、動揺する一拓いったく

「そんな、謝らないでくださいよ。

 ……だいたい冬羽とわさん、【ゴダイヴァ】を動かしてるのは自分だ、って信じてたんでしょう?」

「それは、もういうな」冬羽とわは口をとがらせたが、


「だが、それでよかったのかもしれない。部下のポテンシャルを引き出すのは、上司として当然の義務だからな」

 誇らしげなドヤ顔の、三割ほどは笑顔だろうか。だとしたら、初めて見せるほほえみだった。





 ――――恥にもいろいろあるのかもしれない。

 職人が不良品を作ってしまったときに、アーティストが自作の不出来に歯噛はがみしたときに、武道家が修行不足を痛感したときに。

 求めた理想に自分が遠く及ばないと、気づいたときに感じる恥もあるのだ。

 きっと、冬羽とわが感じた恥はそういうものなのだと、一拓いったくは思った。


(それにくらべて俺は、いつでも他人の目ばっかり気にしていたんだ……)


 そして、彼女がたびたび一拓いったくに声をかけてきたことも思い出した。


 ――私に任せるがいい。

 心配するな。

 いつもどおりやればいいんだ――。


 それは、上司として部下を安心させようという、冬羽とわなりの責任感から発せられたことばだったのではないか。

「自分が【ゴダイヴァ】を動かしている」とかたくなに主張し続けたのも、本当は「最終責任を負うのは自分だ」と信じたかったのかもしれない。





 ――――落日を背に受け、倒した相手のむくろとともに、帰還の途にく鋼鉄の未亡人。

 その姿が次々とネットにさらされつつあることを、ふたりはまだ知らなかった。





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