慚愧! 未亡人、華麗なる艶舞!(1)

「はっ……っさ! なんねこれ? とぅいぐわーねぇ?」

 造船所の岸壁で、なでこ先生がひとり、はしゃいだ声を上げている。顔にはものごっついゴーグル、両手にはコントローラ。

 無人機ドローンを飛ばしているのだ。


 FPV機の使用に必要な免許は永井が持っている。しかしいまは手が離せない。

 というわけで無免許のなでこ先生が代行しているのだが……違法である。ダメ。ゼッタイ。


 褐色女医、すっかりドローンになりきって、体を前に倒したり左右に傾けたり。

「あいひゃっかい! うり、でーじやさ、でーじなとぅーん!」

 周りに人がいないので、誰はばかることなく方言を連発する。

「ちゃーすがやー? いっぺぇーうむさんどー?!」





 これまでは悪天候や夜間だったが、今回は日中。出現のようすがはっきり目撃できた。

 第三の【敵】は、海中から突然立ち上がるように姿を見せた。


 巨大なタマネギ型の頭部で光る、両眼。

 ふくらんだ上半身と絞られたウエストは、まるでクラシカルなドレス。

 パフスリーブから伸びる細い両腕を、L字型に曲げている。


「うーん、どこかで見たことあるわね」

 美和は記憶をたどるように、「……そうそう、なんか宇宙人のやつ」


「『三メートルの宇宙人』ですね。じゃあ【三メートル子】ですか?」

 と、横山が永井におうかがいを立てた。

 目撃された地名から、フラットウッズ・モンスター、またはサットン・モンスターの呼び名がある。

 知っていたら【フラ子】か【サト子】になっていたかもしれないのだが、「語呂が悪いな」と永井は不満げ。


「横山、『エヴァンゲリオン』にああいうの、出てなかったか?」

「テレビ版では第四、『新劇』では第五使徒のシャムシエルです、永井センパイ」

「よぉーしそれにしよう。縮めて【シャム子】だ。いいですね?」

 シャム子は悪くないよ。永井が悪いんだよ。





 総勢二名のお客さま対応部も、お出迎えの準備はできている。

 スーツ姿でふたり並んで、しっかり締めるシートベルト。

 今回から追加バッテリーを搭載したので、ゲージの光はやや明るい。


 ――――冬羽とわが打ち明けた家族の話。母にたしなめられる姿。

 そして、美和の口から語られた娘の心情。


(……なんだかんだでこの人も、まだハタチなんだよな)

 美和が戻ってから暴君ぶりが鳴りをひそめていたこともあって、一拓いったくはおおらかな気持ちになっていた。


「どうした」

 視線を感じたのか、冬羽とわがこちらに顔を向けた。

「心配するな。キミはいつもどおり、私に恥ずかしい思いをさせるだけでいいんだ」


(……これさえなけりゃあな……)

 ため息&汗笑いの一拓いったくである。





 そんなふたりをよそに、赤く染まった海を悠然と前進する鋼鉄の未亡人。

【ゴダイヴァ】vs【シャム子】、ついに両雄(雌?)激突のとき!


【シャム子】の先制攻撃は、まるでノスタルジーあふれるブリキ製ロボット。擬音をつけるなら「ポカポカ」だろう。

 ネコパンチだ。

 長い待機で切れかけた緊張感がせっかく持ち直したというのに、コントロールルームの面々は一気に脱力した。


 無論、【ゴダイヴァ】にダメージはない。

 振り上げた手刀を、タマネギ型頭部へ向かって叩きつけた!


【ゴダイヴァ】は【敵】の頭部を優先して狙うよう設定されている。

 人が乗っている可能性も理由のひとつだが、頭部にはAIの宿るコンピュータが収納されているからだ。


 打ち下ろし!

 水平!


 だが、【シャム子】は平然とネコパンチをくり返す。

 効いていないのだ。

【サダ子】は最後に投げられたが、その時点ではすでにKOされていた。実質上のフィニッシュブローは直前の掌底しょうてい、一発である。

 なのに、【シャム子】には何度打っても効かない!





「頭部の装甲だな……」

 永井は歯噛みした。


 タマネギ形は頭部そのものではなく、【シャム子】の頭部全体をおおかぶとだった。パーカーのフードをイメージするとわかりやすいかもしれない。

 いいかえればドーム型で、外部からの力には強いのだ。

 顔面にストレートを入れようにも隙間が狭いし、ネコパンチが絶妙に邪魔をする。

「せめてボディが打てれば……」

 それはいわない約束である。


 あの大きなタマネギの下で、丸い両目が勝ち誇ったように光を放つ。

 しかし、目をいくら光らせようとネコパンチはネコパンチ。蛙の面に水ではあるが、こちらも有効打を出せないでいる。

 攻撃の【ゴダイヴァ】×防御の【シャム子】、『ほこ×たて』対決だ! もちろんヤラセは一切ない!





 攻めているのに、決定力不足。

 業を煮やしたのか、冬羽とわはシャツのボタンをはずし始めた。

「キミ! 早く私を恥ずかしめてみせろ!」

 やはりというか残念ながらというか、どう見ても痴女。


 しかし一拓いったくもだんだん理解できるようになってきた。

 ふだんがふだんなのでわかりにくいが、こういうときの冬羽とわはパニックにおちいっているのだ。


「ちょっと落ち着いてください」

「話をそらすな!」

「そらしてませんって。だいたい部長は……」美和に『役職名禁止』といわれたことを思い出し、「……冬羽とわさんは」名前で呼ぶのちょっと照れるな、「ぜんぜん恥ずかしがってるように思えないですよ?」


 そのころ。

 フェンスの外では、スマホを構える人影がしだいに現れていた。





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