忸怩! 明かされた敵の正体!(3)

(借金かぁ~……)

 手動操作の練習にも慣れ、一拓いったくはマウスを動かしながらも上の空。


 上司に知らされた、勤め先が借金漬けという事実。

 ふつうなら、ここで退職を考えるところ。

 しかし、一拓いったくの表情は昨日より晴れやかだ。

 秘密主義の冬羽とわが、家族に関する立ち入った話を打ち明けてくれたからだった。


(ま、そっちはともかく、問題は……)


 とらわれの父を解放するために、カルト教団と戦う。

 動機としては正直ちょっと、いやかなり重い。


(けど聞いちゃったからには、逃げるわけにもいかない……よ、な?)


 こう見えて、一拓いったくだって男ではある。

 それに、人間というものは目的が明確なほうが動きやすくなるものだ。それが利他、献身といった種類のものであればなおのこと。

 引き出しにしまい込んだ退職願が日の目を見るとしたら、彼が職場にいられないほど恥ずかしい思いをしたときだろう。


 ふと、向こうの机で永井と横山の交わす会話が、聞くともなしに耳に入ってきた。

「……そう。攻撃が雑なんだよ」

「バリエーションが少ないですね。というか、前回の【敵】はオーバーハンドしか使ってないです」

 どうやらこれまでの戦闘データを分析しているらしい。


「倒れた【ゴダイヴァ】に攻撃しなかったのも気になるんだよな……。先生のメールに何かそれっぽいこと書いてた?」

「神とか叡智えいちってやつですか? なかったと思いますけど……」

 やはり、聞いてもよくわからなかった。





 ――――場面は変わって【ゴダイヴァ】の格納庫ハンガー


「こうやってな? 回しながらー、押したらー、ほら、ミゾが出たでしょ? そこにー、ここのー、出っぱりをー、差し込むんだよ」

 どうやら、四方据よもすえ工業のワイルド困り眉が外国人労働者スタンヒルにソケットの接続方法を教えているようだ。


「ニポン語、ムッツカシーねー」

 例によってスタンヒルはあいまいな笑顔。

 日本語の問題じゃないような気もするが、困り眉は腕組みをして同意する。


「日本語むずかしいよなー。オレなんてこないだ、娘に『てにをはの使い方間違ってる』って怒られちゃったよ。こっちが宿題手伝ってやってんのにさー」

「ジンさん、気苦労キグローかけるネー」

「うんうん、ゴメンなー」


 ふたりしてうなずき合っているところへ、威勢のいいハスキーボイスが近づいてきた。

「トヨシ、ちょっとは仕事しろ! スタだって日本語わかんねーのにがんばってんだぞ!」


 ハスキーボイスは例のピンクツインテだ。

 彼女に腕をつかまれ引きずられているチャラい若造がトヨシ。

 金髪で、耳のピアスが左右合わせて七つ。

 作業服も会社の支給品とはちがう派手な色で、汚れていないのは腕がいいからではなく、サボってばかりいるせいだった。


「そこらじゅうに吸い殻捨てんな! 客先だぞ? てゆーかアンタ未成年でしょ?」

「わかったわかったわかった、痛い痛い痛いって」

 見かねてか、困り眉が仲裁に入る。

「おーいモモ、ほどほどにしとけー」


「ジンさんも何とかいってやってくださいよー」

 なだめるジンの前に仏頂面ぶっちょうづらのモモがトヨシを放り出したとき、アラーム音が鳴った。

「お、定時だな。お疲れー。じゃ、お先」

 立ち上がったジンに、モモが不満そうな視線を送る。

「ちょっとジンさん、あーしの作業、チェックしてくれんじゃないの? 明日までに終わんなくない?」

「今日はノー残業デーだ」

「は?」

「『ウィンウィン』のサービスデーともいう」

 ふり向いたジンに困り眉の面影はない。勝負師の顔だった。


「またっスか? 奥さんに怒られますよ? こないだ八万負けたばっかりじゃないスか」

「十万までは負けじゃねぇ」

「前は『五万まで』っていってませんでしたっけ?」

「今日は勝てるんだよ。なぜってサービスデーだから」


 ジンは自信たっぷり、いきに二本指を立てて背中越しに挨拶あいさつを投げた。「じゃーな、スタ。また明日」

股下マタシター」スタンヒルもあいまいな笑顔で見送った。




 同じころ、事務所で試験勉強をしていた一拓いったくも席を立った。

「僕はそろそろ」

 働いている体裁さえあればいいので、必要以上に残るつもりはない。どうせ残業もつかないし。


「そうか。私はまだすることがあるから」

「じゃ、失礼します」

 と、出口へ向かったところで呼び止められた。


「明日、所長が出勤される。特に用意することはないが、そのつもりでな」

 なぜか、冬羽とわの口調はふだんより少し遠慮がちだった。





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