忸怩! 明かされた敵の正体!(2)

 招かれざる客は、二人連れの男だった。

 カジュアルな格好のほうが、目ざとく気づいて指をパチンと鳴らした。


「ィヨっ、冬羽とわちゃンひさしぶりィ~。大きくなったねェー」

 いくら身長一八四センチとはいえ、若い女性に向かって「大きくなったね」はアリなのか。


 深くV字に切れ込んだサマーニットの上から麻のジャケットを羽織り、素足にキャンバス地のスニーカー。えりもとで主張しすぎるネックレス、多すぎる指輪。刈り込んだ金髪、短めのヒゲ。

 年は、アラフィフ。見た目イケオジながら、にじみ出るのは大人の男の渋味や苦味ではなく、下品さだ。


 もうひとりはスーツ姿でハットを斜めにかぶっていたが、輪をかけてヤバい雰囲気をただよわせていた。

 殴って固めたような面構え。眉は薄く、分厚いまぶたの下で光るサメのような小さい目。

 あるいは、人を殺したことがありそうな目。

 どう見ても、反社。

 猪首いくびで、体も分厚い。脇が閉まらないのは鍛え抜いた上腕三頭筋と広背筋のせいだろう。

 肩に提げたスポーツバッグから、大きなワイヤーカッターが顔をのぞかせていた。


「ご無沙汰してます、翔也しょうや伯父さま」

 冬羽とわは無愛想に返事をして、小声で一拓いったくをとがめた。

「キミ、けられたのか? 不用心だぞ」

「……すいません」

 たしかに、通用口の前で見たふたりだ。


 翔也と呼ばれたイケオジ崩れは、ポーズを決めるように肩をすくめた。

「楽しそうだねェ~、秘密基地みたいで。

 今度は何が始まるのかな? それとも、もしかしてもう始めちゃってるゥ?」

 ニヤニヤ笑いながら、目は格納庫ハンガーのほうへ。【ゴダイヴァ】が見えているかは微妙な角度だ。

 冬羽とわあおりめいたセリフにもうろたえることなく、

「ここは、母の会社の土地ですから。ところでご用件はなんでしょう」と切り返した。


「それそれ」翔也は指をパチンと鳴らして、「美和ちゃン、いる?」

「母は出張中です」

「そっかァ、残念だな~、顔、見たかったンだけどな~」表情筋がよく動く。「そンならしょーがない、今日は帰るョォ」

 やれやれ、やっと退散してくれるのかと思ったら指をパチンと鳴らしてふり返り、

「ア、美和ちゃンに伝えといてくれる?

 またテーマパークか何かに手を出すつもりなら、その前にちゃンと清算した方がいいンじゃないかなァ?」


 ダメ押しにここでまた指をパチンと鳴らし、

「……借・金、とか(笑)

 なンつって。じゃあね~」

 それを捨てゼリフに、ふたりとも今度こそ立ち去った。





 ――――誰?

 自分の落ち度だけに一拓いったくが聞けないでいると、冬羽とわのほうから説明してくれた。

左垣内翔也ひだりがいと・しょうや氏。私の母のいとこにあたる」


左垣内ひだりがいとって……もしかして、あの?」

 地元では知らぬ者のない名士。戦前どころか明治から続く大地主だ。

 冬羽とわはうなずいた。


 地方の地主をナメちゃいけない。

位高かれば徳高きを要すノブレス・オブリージュ」ということばがあるように、富裕層が慈善事業などの社会貢献を求められることは読者諸君もご存じのことと思う。

 左垣内ひだりがいと家もその例にもれず、病院、美術館、学校といった公共施設をいくつも設立、経営している。


「【ゴダイヴァ】がテーマパークのアトラクションになる予定だったのは知っているな」

「はい」

「プロジェクトを提案したのが、高恥研ハイシャイ・ラボの出資元である不動産会社だ。

 代表取締役社長は、業ヶ崎美和ごうがさき・みわ

業ヶ崎ごうがさき……?」

「私の母で、ここの所長でもある。

 ――――プロジェクトが流れたため、母の会社は損害賠償の責任を負うことになった。その相手が左垣内ひだりがいとなんだ。

 銀行からの融資ゆうしも、返済の一部を左垣内ひだりがいとに立て替えてもらっている。そのおかげで、母の会社は破産をまぬがれた」





 髪を乱す潮風にも構わず、水平線を見つめて冬羽とわは話を続けた。


「【ゴダイヴァ】を設計したのは、私の父だ」


 ヒロインがロボット設計者の娘。

 納得である。

 この物語が始まって初めての、ロボットものらしい設定ではなかろうか。


「……父は才能のある技術者だったが、実績と知名度はそれにふさわしいものとはいえなかった。そこで、母が父のためにテーマパーク計画を推進したんだ。

 だが、父は妥協を許さない性格でもあった。【ゴダイヴァ】は予算を圧迫し、建設は中止を余儀なくされた」


 しかし、ロボットものらしい設定ならば、設計者は研究所の所長と相場が決まっているだろう。


「……部長のお父さんは、いまどこにいらっしゃるんですか……?」

「やつらにとらわれている」

「やつら?」

「カルト教団だ。

 キミは昨日、私が何のために戦うのかと聞いたな」


 黒曜石のような瞳を一拓いったくに向け、冬羽とわは決断的な表情で宣言した。

「私は、父をやつらの手から取り戻す。絶対に」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る