忸怩! 明かされた敵の正体!(1)

「今回も無人機……残念でしたね」

「先生、ご無事だといいんですが……」

 射し込む朝日とは裏腹に、永井と横山の表情は暗い。


 しかし、

「お気遣い、ありがとうございます。

 ですが、私はあきらめません。戦いが続くかぎり、希望はあります」

 ふり向いた冬羽とわのまなざしは決断的だった。





 ――――シャッターの下りた商店街をママチャリで走り抜けた。

 いつもと変わらない道、いつもと同じ人通り。深夜の巨大ロボット騒ぎなど誰も知らない。

 退職願をふところに、一拓いったくは海岸線沿いのゆるやかなカーブを職場へと急ぐ。


(どんな顔をするだろうな……)

 あの鉄面皮てつめんぴが、泣いてすがって引き留める姿を想像するだけで気が晴れる。

 ニヤニヤ笑いを浮かべながら、どこまでも続くフェンスの脇をこいでいたら、南京錠のかかった通用口のあたりで二人連れの男が立ち話をしていた。

(…………?)

 気になったが、一本道で隠れる場所もないし、秘密の出勤ルートはここだけだ。

 できるだけ素知らぬふりをしながら、防風林の木立へ乗り入れた。





 灰色のシートの向こうで、格納庫ハンガーの縁に立った冬羽とわが、中を見下ろしていた。

 海風に吹かれ、長い黒髪が躍っていた。

 一拓いったくの姿に気づいて、

「どうした。今日は休んでいいぞ?」

 と眉をひそめたが、表情にも声にも、いつものトゲトゲしさはなかった。


(……なんで、こんなときだけ……)

 退職願を叩きつけてやるつもりだったのに。

 自転車をこいでいる間に熱が冷めたのもある。


「や、なんとなく……気になって」

 ごまかしたのを、冬羽とわは【ゴダイヴァ】のことと思ったらしく、

「そうか。じゃあ、近くで見てみるか?」

 と、階段へ歩き出した。





 格納庫ハンガーの底で、ふたりは横たわる【ゴダイヴァ】を見上げた。

 整備のため、肩や胸などの装甲が取りはずされ、昨日見たときより全体的に白い。目に見えてわかるような損傷はなかった。

 顔は、やはり黒いバイザーで隠されていた。つつしみ深い未亡人は身づくろいのときもヴェールを脱がないようだ。


「…………」

 沈黙が気まずく、後ろめたさもあって、一拓いったくは反対側に目をやった。

 積み上げた機械にシートをかぶせた山が、いくつかある。これまでに回収した残骸と思われた。


「うん。だからな」

 声がして、シートの前にいる作業員が目に入った。

 三〇がらみで彫りの深いワイルド系だが、困り眉のせいで目にけんはない。身ぶり手ぶりを交えて誰かに何かを伝えようとしている。


「道具を全部工具箱にしまっ……て、ホース巻い……て、台車に乗っけ……て。それだけでいいから。わかった? スタンヒル?」

 落ち着いた口調なのに、よく通る声だ。


 五メートルほど先に、そろいの作業服を着た外国人労働者。彼がスタンヒルだろう。

 英語ふうの苗字だが肌は浅黒い。東南アジアか中東か南米か、出身があいまいだ。腰を浮かせて、立つのか座るのかもあいまいなら、表情もあいまいで、指示を理解しているようには見えない。


「あ、ちがうちがうちがう、台車は小さいほうな、小さいほう。あ、ちがうちがうちがう、工具箱はー、俺のとー、お前のとー、ふたつな? ふたぁーつ。あ、中の物出さなくていいから。しまってしまって」


 もうスタンヒルのところまで行ってやれよ。そのほうが早くないですか?

 はたから見ているだけでもじれったいのに、男性作業員は機嫌を悪くするでもなく、五メートル先からただただ困り眉で穏やかに、根気よく説明を続けている。

 なんだか不思議な光景だ。


 あっけにとられる一拓いったくの耳に、カンカンカンと鉄の階段を下りる足音が聞こえた。続いて、

「お世話になってまーす」と、ハスキーな女の声。

 ピンク髪をツインテにして、革手袋に安全靴、ツナギのそでを腰で結び、上半身は黒いタンクトップという姿。年のころは十八、九か。

「すませーん、いま社長いないんスよー。あ、お茶出しましょうか?」

 口調はぶっきらぼうだが気遣いのできる娘らしい。


 冬羽とわが「いえ、新入所員ですからおかまいなく。それより作業のほうをお願いします」と答えると、

「わーりゃーしたー」

 またカンカンカンと階段を上り、姿が見えなくなった――と思ったら、

「トヨシ! てめーいい加減にしろ! スマホ海に放り投げっぞゴルァ!」

 誰かは知らないがトヨシ、ご愁傷さまだ。


四方据よもすえ工業さんだ。【ゴダイヴァ】の整備を委託している」と冬羽とわが説明した。


 ――――カンカンカンと音がして、ピンク髪がまた階段を下りてきた。

「あのぉー……なんかお客さん? なんスけど……」

 うさんくさげな表情だった。

 それもそのはず。高恥研には営業や勧誘どころか、郵便が届いたことすらないのだから。


 階段を上る冬羽とわの背中を、一拓いったくも追った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る