屈従! 第二の刺客、襲来!(6)

 説明しよう!

 ――――【ゴダイヴァ】の足は、甲がおおわれているだけで、構造上は靴底ソールのない靴だ。

 じかに接地しているのは、足の裏と五本の指――――。

 その指が、不安定な海底をガッチリわしづかんだ!


 ピーカブー・スタイルを保ったまま、【ゴダイヴァ】は左右への回避行動を開始した。

 Uの字を描くように相手のパンチをかいくぐる、ボクシングでいうウィービングだ。

 動きのキレがいい。

 追っても追っても、【ゴダイヴァ】の姿は【フレディ子】の視界から逃げるように消えていった。


「【敵】の攻撃が当たらなくなったぞ!」

 永井思わず立ち上がるも、しかし画面に現れた異変に目をこらした。

「何だ、あれは……?」


【ゴダイヴァ】の両脚にかき回され、海面がうずを作っていた。

 渦は、攻撃をかわすたびに大きくなっていく。

 大質量物体による急激な制動と方向転換。そこには想像を絶する力がかかっているのだ。


 鋭い音を立てて、【ゴダイヴァ】のナックルガードが下りた!





 突如、横山が沈黙を破った。

「――体重移動シフトウェイトッ!」

 張りのある声。ふだんのおっとりしたしゃべり方がまるで別人のようだ。

「どうした横山」と永井がたずねる。


「……それは、いかなる打撃系格闘技にも存在する、体重を乗せ破壊力を増すテクニック。ですがボクシングの場合、ほかと同列に語ることはできません。

 なぜか?」

「蹴りが……ないからか?」

 永井の答を聞いて、横山は我が意を得たりとばかりに深くうなずいた。


「脚の力は腕の三倍とも五倍ともいわれており、リーチの面でも圧倒的に有利。

 って、ほとんどの打撃系では、蹴りを軸に戦いを組み立てます。これは間合いに注目すればわかることで、総合に転向したボクサーが敗北するのも多くはこれが原因でした。

 しかしいま、リングは海。

 水の抵抗を受け、蹴りの速さ、威力、精度は著しく低下する。

 ここで、【ゴダイヴァ】はあえてボクシングスタイルを選択しましたッ」


 きらりーん!

 横山の眼鏡に光が反射した。


「ボクシングは……ボクシングこそはッ!

 蹴りを捨てた格闘技!

 蹴りを捨てたぶんだけ、ボクサーの脚は!

 ステップワークと体重移動シフトウェイトに、全振りされているッ!!」





 左から迫る、鋭い鉤爪。

【ゴダイヴァ】は右へ、くぐるようにかわす。

 足の指が海底面をホールドし、膝のバネが衝撃を吸収する。

 過剰な負荷に関節がきしむ! 耐える! 抑え込む!

 限界に達したとき……反転!

 振り子のように戻る!

 拳、解禁!


 体重の乗った一撃、

 その威力、爆発的!


 オオオオオオオオオッ!!


 振り子は止まらない!

 連打!! 左右からの連打!!

 すべての攻撃は、【フレディ子】の頭部へ!

 飛散する破片!

 いったい、この凶暴な未亡人は何発叩き込めば気が済むのか?


 ――――最後の左フックは空を切った。

【フレディ子】が膝から崩れ落ちたのだ。





「……………………」

 帰還したふたりを、永井と横山の微妙な視線が出迎えた。

 作り笑いを浮かべていても、目は冬羽とわの胸に向けられている。

 驚きの表情ではなく、ああ……やっちゃったんですね……という雰囲気だ。


 そこへ、

「あい? 冬羽とわちゃん、おっぱいやめたねぇー?」

 盛るのをという意味だろうが、言い方。

 せっかく永井と横山が触れないでいたのに、なでこ先生ぶち壊し。


 冬羽とわは何食わぬ顔で答えた。


「いったん目的は果たしましたから。

 それに、彼にもわかってしまった以上、今後は効果も期待できないでしょう」


 彼女がパッドを入れていたのは、見栄やコンプレックスではなく、一拓いったくを発情させるためだったというのだ。

 目的は当然、冬羽とわ自身を恥ずかしがらせることだろう。


(こっちは本気で心配したのに……)

 道具扱いされているようで、一拓いったくの表情は曇った。





 ――――目が覚めたら昼前だった。

 帰宅して、ベッドに倒れ込んだのは覚えている。

 全身が痛いのは三十路ゆえの衰えかと思ったが、考えてみたらコクピットの中であちこち体をぶつけているから、打撲だろう。


 天井をながめながら、思った。

(もう、いいかな……)


 いっときの平和な時間に慣れ、このまま流されるのもそれはそれで、と考え始めていた。

 しかし二度目の戦闘を終え、冷静に考えると、不安が湧き上がってくる。

 何よりも、冬羽とわだ。

 彼女の下で働いていて、大丈夫なのか?

 彼女は信頼できる上司なのか?


(……僕がこれ以上我慢する必要ってあるのか?)


 つまるところ一拓いったくは、ずっと辞める理由を求めていたのだ。

 少しずつたまっていた不満が静かに臨界点を迎えた。

 ただそれだけのことだった。


 勢いで退職願を書き上げた。

 書いてしまうと、持っているのが落ち着かない。

 一拓いったくはママチャリで高恥研へ向かった。





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